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北山の誘い①
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金曜日の昼休み、北山司と再び昼食を共にした。場所を替えようかという話も出たが、互いの辞書に他に適当な場所は記載されておらず、同じ場所が選ばれた。
北山は相変わらずクッキーを黙々とかじっている。ただし、前回とは異なり、少し大きめのサイズのオーソドックスなバタークッキーを。
毎日毎日、飽きもせずに同じ白黒クッキーばかりを昼食として食べているイメージを抱いていた僕は、虚を衝かれた思いがした。
こんな思い違いをしているようでは、とてもではないが秘密を暴き出すことなどできない。今回の話し合いは、僕が望むような方向には進まないのではないか。そんな弱気が頭をもたげた。
現在地に来て既に数分が経過したが、会話のきっかけを見出せない。冷凍食品と昨夜の残り物が中心の弁当を、黙々と口に運んでばかりいる。
昼食を一緒に食べようと誘ったのは僕だ。会話を牽引しようという意志は、当然のことながら持っている。ただ、単刀直入に本題を切り出す勇気が不足している上、遠回りをしようにも別ルートは見出せていない。古今東西の凶悪犯罪に興味がある。体育館で会話した際に北山はそう告白したが、僕はそちら方面には興味も知識もないし、そもそも、血なまぐさい話には極力参加したくない。
他愛もない話題を地道に投げかけながら、活路を見出すしかない。一口で食べるには少し大きい厚焼き卵を無理矢理口に詰め込みながら、そう結論する。
明日からの休日の過ごし方でも訊いてみようと思い立ち、箸を止めて北山の顔を直視する。しかし、いざ言葉を送り出そうとした瞬間、発声を躊躇う気持ちが急激に強まった。前回昼食を共にした時と同様、素っ気ない返答に終始するのではないか。そんな考えが頭を過ぎり、気力が萎えたのだ。
北山が「リボンの鬼死」である証拠だとか、公園で女児二人を襲った証拠だとか、何か一つ確かなものを得たくて、僕は三度目となる北山との対話の機会を作った。
しかし、こうして呼吸さえもままならない沈黙の中に身を置いていると、まどろっこしい真似はやめにして、そろそろ次なるステージへ進むべきではないか、という思いが泡立つ。
次なるステージ。具体的なイメージは掴めないが、そこに上るためには、多大なる勇気が要求されるのは確かだ。
箸の動きが止まってから、どれくらいの時間が流れただろう。こんなにも長々と考え込んでいる僕は、紛れもなく異常だし、その異常さを指摘しようとしない北山も、別の意味で異常だ。
勇気の欠如。
狭義の異常事態にも、広義の異常事態にも終止符を打てない原因は、偏にそれだと自覚する。
「楠部くん」
随分と久しぶりに、北山の声を聞いた気がした。箸が長時間止まっている事実をまずは指摘し、それを端緒に何らかの話を展開する。そう瞬時に予測を立て、心にその準備をさせたが、
「もしよければ、今日の放課後、一緒に帰らない?」
投げかけられたのは、全く予測していなかった提案だった。困惑し、動揺する僕のことなど気にもかけずに、北山は語を継ぐ。いつも通りの無表情、起伏のない声で。
「無理にとは言わないけど、何も予定がないなら、ぜひ」
「予定は、特にないけど」
「じゃあ、放課後に昇降口で待ち合わせましょう。チャイムが鳴ってすぐだと混雑するから、少し時間を置いた方がいいかもしれない」
双眸が僕から外れ、クッキーを口に運ぶ手が動き出す。
一緒に帰るって、なぜ? 僕に何か話したいことがあるのか? この場で伝えるのでは駄目なのか?
気になることは多々あるが、尋ねる勇気を持てない。北山も、自主的に真意を明かそうとする素振りは見せない。何もかも了解したふりをして食事に戻るしかなかった。
互いに無言だ。相手が用件を伝え終わったからといって黙る必要はないのに、誘ったのは僕なのに、何も喋り出せない。
楽しくないし、惨めだし、無意味だ。北山が相手だと、なぜいつもこうなってしまうのだろう。
本日の弁当のメインである豚肉の生姜焼きを、僕は一口も食べなかった。
*
一緒に帰らないか、と筧と谷口が持ちかけてきたが、体調が思わしくないから真っ直ぐに帰りたい、と断った。
筧宅での僕の告白が念頭にあったのだろう。谷口は、普段であれば「用事があるなら無理に付き合う必要はない、お前の好きにしろ」という態度を取るところを、今日は普段のクールさを崩さない程度に食い下がってきた。
折に触れてきついことを言うし、人を小馬鹿にしたような態度を見せることもある。それでいて、情熱を内に秘めていて、情に厚い。それが谷口誠二という男だ。
好意は嬉しかったし、ありがたいと思ったが、今日は無理だ。そして、その理由は明かせない。明かしたくない。
「本当に体調が悪いから。本当にごめん」
体調が全快していない、という言い分の苦しさを、一人廊下を歩きながら噛み締める。今日の僕の対応を、二人は、特に谷口は、どう感じただろう。この一件は、二人の僕に対する認識や今後の対応に、どのような変化をもたらすだろう。未来のことを思うと暗澹たる心持ちになる。
北山は相変わらずクッキーを黙々とかじっている。ただし、前回とは異なり、少し大きめのサイズのオーソドックスなバタークッキーを。
毎日毎日、飽きもせずに同じ白黒クッキーばかりを昼食として食べているイメージを抱いていた僕は、虚を衝かれた思いがした。
こんな思い違いをしているようでは、とてもではないが秘密を暴き出すことなどできない。今回の話し合いは、僕が望むような方向には進まないのではないか。そんな弱気が頭をもたげた。
現在地に来て既に数分が経過したが、会話のきっかけを見出せない。冷凍食品と昨夜の残り物が中心の弁当を、黙々と口に運んでばかりいる。
昼食を一緒に食べようと誘ったのは僕だ。会話を牽引しようという意志は、当然のことながら持っている。ただ、単刀直入に本題を切り出す勇気が不足している上、遠回りをしようにも別ルートは見出せていない。古今東西の凶悪犯罪に興味がある。体育館で会話した際に北山はそう告白したが、僕はそちら方面には興味も知識もないし、そもそも、血なまぐさい話には極力参加したくない。
他愛もない話題を地道に投げかけながら、活路を見出すしかない。一口で食べるには少し大きい厚焼き卵を無理矢理口に詰め込みながら、そう結論する。
明日からの休日の過ごし方でも訊いてみようと思い立ち、箸を止めて北山の顔を直視する。しかし、いざ言葉を送り出そうとした瞬間、発声を躊躇う気持ちが急激に強まった。前回昼食を共にした時と同様、素っ気ない返答に終始するのではないか。そんな考えが頭を過ぎり、気力が萎えたのだ。
北山が「リボンの鬼死」である証拠だとか、公園で女児二人を襲った証拠だとか、何か一つ確かなものを得たくて、僕は三度目となる北山との対話の機会を作った。
しかし、こうして呼吸さえもままならない沈黙の中に身を置いていると、まどろっこしい真似はやめにして、そろそろ次なるステージへ進むべきではないか、という思いが泡立つ。
次なるステージ。具体的なイメージは掴めないが、そこに上るためには、多大なる勇気が要求されるのは確かだ。
箸の動きが止まってから、どれくらいの時間が流れただろう。こんなにも長々と考え込んでいる僕は、紛れもなく異常だし、その異常さを指摘しようとしない北山も、別の意味で異常だ。
勇気の欠如。
狭義の異常事態にも、広義の異常事態にも終止符を打てない原因は、偏にそれだと自覚する。
「楠部くん」
随分と久しぶりに、北山の声を聞いた気がした。箸が長時間止まっている事実をまずは指摘し、それを端緒に何らかの話を展開する。そう瞬時に予測を立て、心にその準備をさせたが、
「もしよければ、今日の放課後、一緒に帰らない?」
投げかけられたのは、全く予測していなかった提案だった。困惑し、動揺する僕のことなど気にもかけずに、北山は語を継ぐ。いつも通りの無表情、起伏のない声で。
「無理にとは言わないけど、何も予定がないなら、ぜひ」
「予定は、特にないけど」
「じゃあ、放課後に昇降口で待ち合わせましょう。チャイムが鳴ってすぐだと混雑するから、少し時間を置いた方がいいかもしれない」
双眸が僕から外れ、クッキーを口に運ぶ手が動き出す。
一緒に帰るって、なぜ? 僕に何か話したいことがあるのか? この場で伝えるのでは駄目なのか?
気になることは多々あるが、尋ねる勇気を持てない。北山も、自主的に真意を明かそうとする素振りは見せない。何もかも了解したふりをして食事に戻るしかなかった。
互いに無言だ。相手が用件を伝え終わったからといって黙る必要はないのに、誘ったのは僕なのに、何も喋り出せない。
楽しくないし、惨めだし、無意味だ。北山が相手だと、なぜいつもこうなってしまうのだろう。
本日の弁当のメインである豚肉の生姜焼きを、僕は一口も食べなかった。
*
一緒に帰らないか、と筧と谷口が持ちかけてきたが、体調が思わしくないから真っ直ぐに帰りたい、と断った。
筧宅での僕の告白が念頭にあったのだろう。谷口は、普段であれば「用事があるなら無理に付き合う必要はない、お前の好きにしろ」という態度を取るところを、今日は普段のクールさを崩さない程度に食い下がってきた。
折に触れてきついことを言うし、人を小馬鹿にしたような態度を見せることもある。それでいて、情熱を内に秘めていて、情に厚い。それが谷口誠二という男だ。
好意は嬉しかったし、ありがたいと思ったが、今日は無理だ。そして、その理由は明かせない。明かしたくない。
「本当に体調が悪いから。本当にごめん」
体調が全快していない、という言い分の苦しさを、一人廊下を歩きながら噛み締める。今日の僕の対応を、二人は、特に谷口は、どう感じただろう。この一件は、二人の僕に対する認識や今後の対応に、どのような変化をもたらすだろう。未来のことを思うと暗澹たる心持ちになる。
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