深淵の孤独

阿波野治

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買い物と発作①

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 箱や袋の中に人間の死体が入っていることに気がつかずに、持ち帰ってしまったケースならばあるかもしれない。しかし、人間の頭部だと理解しながら持ち帰ったのは、世界中を見渡しても僕一人だけだろう。
 筧宅で解散し、目的地へと向かう道中、そんなことを思う。
 凡庸な中学二年生でしかなかったはずの僕が、世界で類例のない存在になったのは、いかなる理由からなのだろう? 事件から四日目の夕刻、その問題に向き合った。

 厳然たる事実として、あの時の僕は気が動転していた。切断された人間の頭部を見てしまったことにより、周りに存在するものの全てが恐怖の対象と化していた。あの時の僕は、明らかに正気ではなかった。
 しかし、だからと言って、「人間の頭部と認識したものを自宅に持ち帰る」という異常行動を起こすものだろうか? 
 あの状況でパニックを起こした人間が取る行動としては、一目散に現場から逃走するのが普通なのでは?
 いや、逃げたのは逃げたのだ。ひとたび逃げ始めてからは、脇目も振らずに全力疾走した。
 ただ、逃げる前に、頭部を体操着入れの中に収めた。
 それが異常なのだ。その行動こそが異常なのだ。
 わざわざ持ち帰る? 人間の頭部だと分かっているのに? 有り得ない。どう考えてもおかしい。
 僕は異常な人間なのだろうか?

 人を殺して首を切断し、さらには人目につく場所に放置し、あまつさえ自己顕示欲丸出しの犯行声明文まで書く。理解できない、理解しようとする気にもなれない異常者だ。
 僕は「リボンの鬼死」をそう評価しているが、精神に異常を来たしているという意味では、同じ穴の狢なのでは?

 出し抜けに心臓が圧縮されるような感覚に襲われ、群衆の中で足が止まる。
 上手く呼吸ができない。音声はミュートされた。体が火照り、むず痒い。皮膚を掻きむしり、のたうち回りたかった。目頭は潤み、堰は早くも決壊寸前だ。
 症状は六・七秒続いたのち、夏の幻のように儚く霧散した。

 正常な呼吸を取り戻したことで、危うくもパニックに陥らずに済んだ。何食わぬ顔で歩行を再開する元気は流石になく、ただ肩で息をするだけの時間が流れる。怪訝そうに僕の顔を覗き込んでくる人々の顔が、視界の片隅に映り込んでは消える。
 ここにいる人間は、誰も僕を助けてくれない。
 寂寥感が込み上げた。筧の家で谷口に対して覚えた感情に似ているが、その何倍も強い。
 このままだと、僕は押し潰される。

 危機感に背中を押され、無理矢理両足を動かす。酩酊しているわけではないのに足取りが覚束ない。通行人と体が接触するたびに、不要にも思えるほど厳しくねめつけられるのは、何が原因なのだろう。
 機械的に前へ前へと歩を進める。不要な空想に現を抜かし、発狂に通じる症状に再び襲われることがないように、無心を心がけて。


*


 予定よりも多少時間はかかったが、目的地のホームセンターに到着した。入ってすぐの場所にある自動販売機の横のベンチに腰を下ろし、ケータイで母親に電話をかける。

「もしもし。夕飯だけど、僕の分も作ってる?」
「当たり前じゃない。どうかしたの?」
「ちょっと遅くなるから、先に食べといて。あと半時間以内には必ず帰るから」

 軍手、ガムテープ、カッターナイフ。まずはその三点を購入し、家電製品売り場へと移動する。
 絶対に買いたかった家電製品は、複数種類販売されていた。希望に近いサイズのものも何点かある。いずれも、莉奈に借りた五千円がなければ、虚しく店を去らなければならなかった価格だ。
 お返しは弾んでやらなきゃな。
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