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龍平・筧・谷口①
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一緒に遊ばないか、と筧と谷口に誘われて断らなかったのは、我ながら意外だという気がする。しかし、客観的に見れば当然の対応だ。
宮下紗弥加の頭部を抱え込んでいる関係で、長時間家を空けたくない。疲労を少しでも回復するべく、仮眠をとりたい気持ちもある。何より今日は、済ませるべき用事を早く済ませたい。
ただ、二人を納得させる理由として、体調不良は少々心もとない。それに、友達付き合いを蔑ろにし続けることで、何らかの疑惑を抱かれるおそれがある。用事を片づけるだけの時間は、二人と遊んだあとからでも何とか確保できそうだ。それならば、気乗りがしないのだとしても承諾した方がいい。
僕たち三人がプライベートな時間を共有する場合、場所は筧の自宅が選ばれることが多い。両親が共働きで遅くまで帰宅せず、気兼ねなく馬鹿騒ぎができるからだ。
しかし今日の筧は、「久しぶりに龍平の家で遊ばないか」と提案してきた。
僕の自室のクローゼットには、僕以外は誰も見てはいけないものが収納されている。二人とも、友人の自室のクローゼットを勝手に開けるような人間ではないが、遠ざけておくに越したことはない。理由を明言せずに難色を示すと、
「あっ、そう。じゃあ、俺の家にしよう」
あっさりと方針を転換。谷口も了承した。
筧の自室の隅、フローリングの床の上に僕は胡坐をかき、窓外を眺めている。少し離れたテレビの前では、筧と谷口が格闘ゲームに興じている。
筧はいつなんどきでも場を明るく盛り上げてくれる男だ。谷口はゲームが好きだから、プレイしている間は一段も二段もテンションを上げる。ひたすらゲームで遊んで、合間に菓子やジュースを飲食する。ただそれだけの時間が、僕たち三人にとっては、なにものにも代え難い至福のひとときだった。
しかし、この日の僕は、三人で過ごす時間を心から楽しめずにいる。言うまでもなく、宮下紗弥加に関する問題が暗い影を落としているせいで。
呑気に遊んでいる場合ではない、という焦燥と苛立ち。僕一人だけ三人で遊ぶ時間を楽しめないで申し訳ない、という罪悪感。両者の板挟みにあって精神的に疲弊し、睡眠不足も相俟って、悪影響は肉体にも及びつつあった。率直な願望を述べるならば、自らの体臭が染みついたシーツに覆われたベッドに今すぐに体を投げ出し、死んだように眠りたかった。
「だーっ、ちくしょう! また負けたぁ!」
コントローラーを投げ出した筧が、己の膝に握り拳を叩きつけて悔しさを露わにした。その隣では、勝者である谷口が優越感たっぷりに口角を緩めている。
「グッさん、強すぎだって! どんだけ練習したんだよ」
「お前が弱いだけだ、筧。練習をするどころか、このゲームで遊んだのは随分と久しぶりだ」
「マジかよ。ハンデありでこれだけ差がつくって、有り得ねぇ」
十四歳という齢相応の無邪気さで騒ぐ二人の声を聞きながら、僕は窓外を流れる綿雲を眺める。晴れ間と曇りが半々の、どちらともつかない中途半端な様相を呈した空。晴れたり曇ったりの天候を飽くことなく繰り返す世界は、今後曇りの時間が継続する割合が次第に増加していき、やがては太陽が地上を照らすこともなくなってしまうのではないか。そんな非科学的で退廃的な未来を思う。
「お前が強いのは認めるよ。悔しいけどそれは認める。――おい、龍平」
窓外から視線を切る。二人の友人の顔の方向は、どちらも僕だ。
「お前、今日ゲーム全然やってないじゃん。グッさん強すぎだから、弱い者同士で何回かやろうぜ」
「いや、やめておく。画面を見つめていると気分が悪くなるから」
そう答えてトレイの上のグラスを掴み、半分ほど残っていたオレンジジュースを一気に飲み干した。
「気分が悪くなるって、体調不良をまだ引きずってるってこと?」
「まあね」
「随分長引くんだな。龍平がこんなことになるって、今までにあったか?」
「二日休んだだけで学校に行ったのが悪かったかもしれない。正直、まだちょっとしんどかったから」
「そっか。今日は無理矢理気味に誘ったけど、まずかったかな」
「いや、そこまで酷くない。そんなことよりナオ、ジュースのおかわり頼める?」
「うちの冷蔵庫なんて勝手に開けても――って、体調悪いアピールされたあとだと言いづらいな。まさか、このためだけに仮病を?」
「つべこべ言わずに行けよ」
谷口が横合いから口を入れた。早く次なる対戦に入りたいらしく、コントローラーを指で神経質にノックしながらの発言だ。
「はいはい、分かりましたよ」
筧は空のグラスを手に大儀そうに腰を上げ、部屋から出て行った。
「なあ、楠部」
階段を下りる足音がまだ消えないうちに、谷口が声をかけてきた。反射的に「何?」と返事をしようとして、僕の上下の唇は開くことを拒んだ。谷口が普段とは異なる雰囲気をまとっていたからだ。筧がいた時の騒々しい雰囲気とは打って変わって、奇妙な緊張感を孕んだ空気が室内を満たしている。
「勝手な想像で悪いんだけど」
「……何だよ」
「龍平、お前、体調が悪い以外にも、何か悩みを抱えてないか?」
宮下紗弥加の頭部を抱え込んでいる関係で、長時間家を空けたくない。疲労を少しでも回復するべく、仮眠をとりたい気持ちもある。何より今日は、済ませるべき用事を早く済ませたい。
ただ、二人を納得させる理由として、体調不良は少々心もとない。それに、友達付き合いを蔑ろにし続けることで、何らかの疑惑を抱かれるおそれがある。用事を片づけるだけの時間は、二人と遊んだあとからでも何とか確保できそうだ。それならば、気乗りがしないのだとしても承諾した方がいい。
僕たち三人がプライベートな時間を共有する場合、場所は筧の自宅が選ばれることが多い。両親が共働きで遅くまで帰宅せず、気兼ねなく馬鹿騒ぎができるからだ。
しかし今日の筧は、「久しぶりに龍平の家で遊ばないか」と提案してきた。
僕の自室のクローゼットには、僕以外は誰も見てはいけないものが収納されている。二人とも、友人の自室のクローゼットを勝手に開けるような人間ではないが、遠ざけておくに越したことはない。理由を明言せずに難色を示すと、
「あっ、そう。じゃあ、俺の家にしよう」
あっさりと方針を転換。谷口も了承した。
筧の自室の隅、フローリングの床の上に僕は胡坐をかき、窓外を眺めている。少し離れたテレビの前では、筧と谷口が格闘ゲームに興じている。
筧はいつなんどきでも場を明るく盛り上げてくれる男だ。谷口はゲームが好きだから、プレイしている間は一段も二段もテンションを上げる。ひたすらゲームで遊んで、合間に菓子やジュースを飲食する。ただそれだけの時間が、僕たち三人にとっては、なにものにも代え難い至福のひとときだった。
しかし、この日の僕は、三人で過ごす時間を心から楽しめずにいる。言うまでもなく、宮下紗弥加に関する問題が暗い影を落としているせいで。
呑気に遊んでいる場合ではない、という焦燥と苛立ち。僕一人だけ三人で遊ぶ時間を楽しめないで申し訳ない、という罪悪感。両者の板挟みにあって精神的に疲弊し、睡眠不足も相俟って、悪影響は肉体にも及びつつあった。率直な願望を述べるならば、自らの体臭が染みついたシーツに覆われたベッドに今すぐに体を投げ出し、死んだように眠りたかった。
「だーっ、ちくしょう! また負けたぁ!」
コントローラーを投げ出した筧が、己の膝に握り拳を叩きつけて悔しさを露わにした。その隣では、勝者である谷口が優越感たっぷりに口角を緩めている。
「グッさん、強すぎだって! どんだけ練習したんだよ」
「お前が弱いだけだ、筧。練習をするどころか、このゲームで遊んだのは随分と久しぶりだ」
「マジかよ。ハンデありでこれだけ差がつくって、有り得ねぇ」
十四歳という齢相応の無邪気さで騒ぐ二人の声を聞きながら、僕は窓外を流れる綿雲を眺める。晴れ間と曇りが半々の、どちらともつかない中途半端な様相を呈した空。晴れたり曇ったりの天候を飽くことなく繰り返す世界は、今後曇りの時間が継続する割合が次第に増加していき、やがては太陽が地上を照らすこともなくなってしまうのではないか。そんな非科学的で退廃的な未来を思う。
「お前が強いのは認めるよ。悔しいけどそれは認める。――おい、龍平」
窓外から視線を切る。二人の友人の顔の方向は、どちらも僕だ。
「お前、今日ゲーム全然やってないじゃん。グッさん強すぎだから、弱い者同士で何回かやろうぜ」
「いや、やめておく。画面を見つめていると気分が悪くなるから」
そう答えてトレイの上のグラスを掴み、半分ほど残っていたオレンジジュースを一気に飲み干した。
「気分が悪くなるって、体調不良をまだ引きずってるってこと?」
「まあね」
「随分長引くんだな。龍平がこんなことになるって、今までにあったか?」
「二日休んだだけで学校に行ったのが悪かったかもしれない。正直、まだちょっとしんどかったから」
「そっか。今日は無理矢理気味に誘ったけど、まずかったかな」
「いや、そこまで酷くない。そんなことよりナオ、ジュースのおかわり頼める?」
「うちの冷蔵庫なんて勝手に開けても――って、体調悪いアピールされたあとだと言いづらいな。まさか、このためだけに仮病を?」
「つべこべ言わずに行けよ」
谷口が横合いから口を入れた。早く次なる対戦に入りたいらしく、コントローラーを指で神経質にノックしながらの発言だ。
「はいはい、分かりましたよ」
筧は空のグラスを手に大儀そうに腰を上げ、部屋から出て行った。
「なあ、楠部」
階段を下りる足音がまだ消えないうちに、谷口が声をかけてきた。反射的に「何?」と返事をしようとして、僕の上下の唇は開くことを拒んだ。谷口が普段とは異なる雰囲気をまとっていたからだ。筧がいた時の騒々しい雰囲気とは打って変わって、奇妙な緊張感を孕んだ空気が室内を満たしている。
「勝手な想像で悪いんだけど」
「……何だよ」
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