深淵の孤独

阿波野治

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加古川切り裂きジャック③

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「えっと、小学校の女の子が被害者っていう共通点があるから――」

 不恰好でも、受けて立とう。どもったり、声が震えたりしたとしても、沈黙で逃げることは選びたくない。「分からない」という言葉で誤魔化したくない。立ち向かう気持ちが急に強まった原因を解明する作業を放棄し、回答を述べる。

「多分、そういう趣味の人間の犯行じゃないかな。要するに、幼い女の子に対して歪んだ欲望を抱いている人間の仕業。常識的に考えれば、そうだと思うんだけど」

 北山の唇から吐息がこぼれた。冷笑しているとも受け取れる白けた表情を浮かべ、首をゆっくりと左右に振る。

「猟奇的な欲望の捌け口が、自分よりも弱い人間に向かうのは必然。その理屈は分かるよね? 少年少女の場合だと、自分よりも完全に弱い存在って、幼い子供くらいしかいないでしょ。だから私、子供が被害に遭う凶悪犯罪が起きた場合には、真っ先に少年少女の犯行を疑うことにしているの。この考え方、絶対ではないにしても理に適っていると思うのだけど、世間一般の大多数の人たちって、どういうわけかその発想に至らないのよね。ペドフィリアだとかロリコンだとか、そういう変態的な趣味を持つ人たちの犯行だって、なぜか考えてしまう」

 さもうんざりしたというように再び溜息をつき、眼差しを僕の顔へと注ぐ。妖しく輝く北山の双眸には、排便を我慢しているかのような僕の顔が映っている。

「楠部くんみたいな短絡的な考え方しかできない人は、犯人の正体に辿り着くのは難しいかもね。あ、別に、楠部くんを非難しているわけではないよ。凶悪事件に関心が薄くて、犯罪者心理に精通していない人が、そう考えてしまうのは仕方がないことだから。弱者が犠牲になった事件の犯人は、確かに卑劣な人間かもしれないけど、何も卑劣な犯行を成し遂げたいから子供を狙ったわけではなくて、成功率が高いからターゲットに選んだだけ。小さな女の子が犠牲になったから異常者の犯行だって、感情的に、短絡的に決めつけるのではなくて、一歩引いて物事を眺められるだけの冷静さがあれば、難事件が難事件ではなくなるかもしれないね」

 雄弁極まる独演会に圧倒されながらも、北山こそが「リボンの鬼死」の正体であり、公園で二人の女児を襲った犯人に違いないという思いは、現在進行形で深まっていく。

「私の分析では、犯人は十代。暴力的な欲望を内に秘めているのだけど、人前ではそれを殆ど表に出さないから、周りの人からは普通の少年、あるいは普通の少女だと認識されている。子供を標的にしたのは、単に体力と腕力が弱いから抵抗されにくくて、目的を遂げやすいから。行方不明になった女の子の自宅も、ハンマー殴打事件が起きた公園もT市内だから、犯人はきっとT市在住ね。最初の行方不明事件の方は、ある程度の計画性はあったんじゃないかな。宮下紗弥加さんを標的に選んだのは偶然だと思うけど。宮下紗弥加さんが行方不明なままなのは、既に殺されて、人目につかない場所に遺棄されているから。公園の事件の方は、最初の犯行によって一時的に解消されていた欲望が再燃した頃に、たまたま目に留まったのがその二人だった、ということなのだと思う」

 思いが一定の水準に達すると同時、僕は理解する。
 北山は「我こそが『リボンの鬼死』だ」と宣言したいが、できないのだ。

 なぜしたいのかと言えば、犯人特定に繋がりかねないのを承知の上で、切断した宮下紗弥加の頭部を校門の上に置く、という行動を取ったことからも分かるように、彼女は自己顕示欲が強い人間だから。
 なぜできないのかと言えば、楠部龍平こそが頭部を正門から移動させた犯人だ、という絶対的な確信がないから。
 自らの秘密を明かし、異常性を誇示するために、我こそが「リボンの鬼死」だと名乗り出たい。計画を台無しにし、要求に逆らった相手を動揺させ、圧力をかけ、今後の展開を自らに優位な方へと運ぶ意味でも、望ましい一手だ。
 しかし、楠部龍平は、計画を邪魔した人間ではないかもしれない。
 これまでに様々な方法で真実を探った結果、ほぼそうではないかと踏んではいる。しかし、あくまでも九十九・九パーセントであって、百パーセントではない。残る0・一パーセントの可能性を消せない以上、自ら名乗るのはいかがなものか。
 ならば、伝えたい事実は遠回しに伝えよう。揺さぶりをかけるという意味では、ストレートに伝えるよりもある意味効果的かもしれない。
 北山が僕に事件の話を振ったのは、そう考えたからに違いない。会話するきっかけを作ったのは僕だが、仮に僕が行動を起こさなかったとしても、昼休みか下校時に、北山の方から声をかけてきていたはずだ。

「気持ち悪いな」

 意見を求められていないのを承知の上で、僕は強い言葉を吐く。

「北山さんの推理によると、犯人はこの町で暮らしているんだよね。身勝手な理由から小さい女の子を殴りつけるような、頭がおかしいやつと同じ空気を吸っているんだって思ったら、心の底から気持ち悪いよ。吐き気がする」

 猫に追い詰められた鼠の雑言だから、声が微かな震えを帯びるのは避けられない。北山は北山らしく、無表情で語りに耳を傾けている。内心ではどう思っているのか、想像するだけで叫びたくなる。

「警察も何をやってるんだか。さっさと捕まえてほしいよ」
「大丈夫だよ」

 言葉の羅列が終わる瞬間を狙い澄ましたような、北山の言葉。小声だったにもかかわらず、耳元で発せられたかのように明瞭に聞こえた。
 いとも簡単に、場の支配権と会話の主導権を奪取した少女の口元に、多義的で人間的な微笑みが浮かぶ。無機的な声がそっと放たれる。

「犯人は幼い女の子だけを狙っているから、楠部くんはきっと大丈夫だよ」

 ホイッスルが鳴った。吹いたのは、主審を務める体育科の教師。試合が終わった合図だ。
 挨拶をするべく、試合に参加していた生徒たちがコートの中央に集合する。僕たち二人を除く生徒一同は一斉に緊張を弛緩させ、場の空気までアイスクリームのように溶け出す。
 北山は再びケータイを触り始めた。
 用済みになった僕は、授業が終わるまで、身じろぎ一つできずにその場に座っていた。
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