深淵の孤独

阿波野治

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恐怖の大王とは

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「龍平、おはよう。……って、何だその面」

 昇降口で筧に遭遇し、目の下のクマを指摘された。僕は「まあね」と答えになっていない答えを口にし、曖昧な苦笑でお茶を濁した。筧は見事に誤魔化され、他愛もない話を始めた。
 教室に到着すると、今度は谷口がクマに言及してきた。僕は二度目も「まあね」の一言と曖昧な苦笑いで対応した。単純な性格の筧とは違い、誤魔化されたとは思えなかったが、原因を追及してはこなかった。
 今日も純白のリボンを後ろ髪に結んだ北山司は、自席で姿勢正しく文庫本を読んでいる。僕には見向きもしない。本の世界に没入していて、僕が教室に入ってきたことには気がついてすらいない。仮に気がついていたとしても、僕に視線を投射しなかっただろう。

 脅迫状に明記された命令を、僕は履行しなかった。それについて、北山はどう感じ、何を思っているのだろう? 教科書を読み上げる国語教師の声を右から左へと聞き流しながら、その問題について考える。
 何度考えても、怒っているとしか思えない。
 動機は知る由もないし、捨てたのか、保管しているのかも定かではない。ただ、人間の頭部などという、他人に見られると己の人生に関わる、長きにわたって保存するのも困難な、厄介極まるものを、わざわざ他所へ移動させたくらいだ。何らかの強いこだわりを持っているに違いない。「他人に危害を加える」と脅しても屈しなかった事実が、その推測を裏書きしている。
 そこまで返したくないならば、仕方ない、宮下紗弥加の頭部の奪還は諦めよう。奪われたことに対する報復も、諸々のリスクを考慮して、併せて断念するとしよう。
 北山がそう考え、結論してくれれば、僕にとっては一番望ましい。しかし、そう都合よくいくとは到底思えない。

 これから僕はどうなるのだろう? 
 思案すれば思案するほど高まり、体を小刻みに揺らそうとする不安と格闘しながらも、普段通りを心がけて学校生活を消費する。筧や谷口、他のクラスメイトや教師から不審な目を向けられなかったから、試みは成功したと言えるだろう。
 これという強い目的があったわけではない。可能な限り普段通りに振る舞うことこそが、殺人鬼に屈しない大前提だ。そう考え、実践してみたに過ぎない。
 ただ、襤褸こそ出していないが拙い僕の演技を、北山は見抜いている気もする。性格的に、あるいは何らかの思惑から、「私は気づいていますよ」というメッセージをあえて僕に送信しないだけで。

 僕は、北山の掌の上で躍らされているのだろうか。
 はっきりと意識したことこそなかったが、それと似たような感覚を、北山と言葉を交わして以来、何度となく抱いてきた。
 恐怖の大王、という言葉が不意に頭に浮かぶ。
 他者の意のままに操られ、挙句の果てに破滅させられる――なるほど、恐怖以外のなにものでもない。

 北山司。
 宮下紗弥加の頭部ではなく、お前こそが恐怖の大王なのか?
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