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稚拙な、しかし懸命の推理②
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僕と話がしたかったから、僕の友人である筧に僕のメールアドレスを尋ねた。僕としたい話とは、一昨日の早朝、学校とは逆方向に向かって、酷く慌てた様子で走っていたことについて。
話を聞いた瞬間は動揺したが、本当に見たのだろうかと、すぐに疑いが芽生えた。北山は「学校とは逆方向に走っていく姿を見た」と言ったが、「切断された女の子の頭部を体操着入れに入れるのを見た」とは言わなかった。
『それ、僕じゃないよ。だって、その日は朝から体調が悪かったから、一日中家で寝ていたし』
この僕の返答に対して、見たままの事実を述べ立ててみせるだけで、赤子の手を捻るように嘘を暴けた。
それなのに、北山は呆気なく僕の言い分に納得した。なぜ?
述べ立てなかったのではなく、述べ立てられなかったのだ。僕が学校とは逆方向に走っていく場面を、北山は実際には目撃していなかったから。
目撃していないにもかかわらず、目撃したと僕に嘘をついた。なぜ?
宮下紗弥加の頭部を校門から移動させた犯人は楠部龍平ではないか、と疑っているからだ。本当に移動させた張本人なのか否か、見極めるべく揺さぶりをかけようとして、学校とは逆方向に走っていく姿を見た、という発言をしたのだ。
宮下紗弥加の頭部がS中学校の正門の上に置かれたのは、三日前の夜に学校から人がいなくなってから、一昨日の朝に僕が登校するまでの間と推断される。犯人としては、翌日の早朝に出勤した教員、あるいは登校した生徒に発見されることを想定していたはずだ。
裏腹に、S中学校の正門で切断された少女の頭部が発見されたというニュースは、いつまで経っても報じられない。
頭部を別の場所へと移動させた者がいる。その者は恐らく学校関係者だ。殺人鬼はそう考えると共に、計画の邪魔をした人間が誰なのかを突き止めたい、と思ったはずだ。十中八九、邪魔されたことに対する報復を実施するために。
そんな折、学校を休んだクラスメイト、即ち僕が現れた。他にも休んだ生徒や教員は何人もいるだろうが、まずは僕から探りを入れることにした。
すぐにでも何らかの働きかけを行いたかったが、学び舎に僕は不在だ。そこでメールという手段に頼ることに決め、僕の友人である筧に接触し、僕のメールアドレスを訊き出そうと試みた。結果的にそれを断念したのは、昼食時に交わした会話により、楠部龍平こそが計画を邪魔した張本人だと断定したから。
あくまでも自己診断だが、ここまでの推理に矛盾も破綻もないように思う。
頭部を持ち帰った朝以降、僕に対して不自然な形でコンタクトを取ってきた人物は、北山だけだ。そもそも、北山が犯人ではないならば、僕にメールアドレスを訊く理由が見当たらない。
宮下紗弥加を殺したのは、北山司でしか有り得ない。僕にはそう思える。
息を深く吸い込み、長く吐く。大仕事を成し遂げたと脳髄が錯覚したらしく、目元と口元の筋肉が不細工に弛緩したのが自覚される。すぐさま気持ち共々引き締める。
宮下紗弥加を殺したのは北山司。それでほぼ間違いないという結論が出たからといって、問題は何一つ解決していない。僕が計画を邪魔したと認定し、報復を目論んでいるのだとすれば、対策を講じる必要がある。そして、それと同程度に問題なのは――。
椅子を回してクローゼットのドアに向き直る。その向こう側に、僕が戦わなければならないもう一つの存在がある。
宮下紗弥加の頭部。とにもかくにも、あれをどうにかしなければ。
話を聞いた瞬間は動揺したが、本当に見たのだろうかと、すぐに疑いが芽生えた。北山は「学校とは逆方向に走っていく姿を見た」と言ったが、「切断された女の子の頭部を体操着入れに入れるのを見た」とは言わなかった。
『それ、僕じゃないよ。だって、その日は朝から体調が悪かったから、一日中家で寝ていたし』
この僕の返答に対して、見たままの事実を述べ立ててみせるだけで、赤子の手を捻るように嘘を暴けた。
それなのに、北山は呆気なく僕の言い分に納得した。なぜ?
述べ立てなかったのではなく、述べ立てられなかったのだ。僕が学校とは逆方向に走っていく場面を、北山は実際には目撃していなかったから。
目撃していないにもかかわらず、目撃したと僕に嘘をついた。なぜ?
宮下紗弥加の頭部を校門から移動させた犯人は楠部龍平ではないか、と疑っているからだ。本当に移動させた張本人なのか否か、見極めるべく揺さぶりをかけようとして、学校とは逆方向に走っていく姿を見た、という発言をしたのだ。
宮下紗弥加の頭部がS中学校の正門の上に置かれたのは、三日前の夜に学校から人がいなくなってから、一昨日の朝に僕が登校するまでの間と推断される。犯人としては、翌日の早朝に出勤した教員、あるいは登校した生徒に発見されることを想定していたはずだ。
裏腹に、S中学校の正門で切断された少女の頭部が発見されたというニュースは、いつまで経っても報じられない。
頭部を別の場所へと移動させた者がいる。その者は恐らく学校関係者だ。殺人鬼はそう考えると共に、計画の邪魔をした人間が誰なのかを突き止めたい、と思ったはずだ。十中八九、邪魔されたことに対する報復を実施するために。
そんな折、学校を休んだクラスメイト、即ち僕が現れた。他にも休んだ生徒や教員は何人もいるだろうが、まずは僕から探りを入れることにした。
すぐにでも何らかの働きかけを行いたかったが、学び舎に僕は不在だ。そこでメールという手段に頼ることに決め、僕の友人である筧に接触し、僕のメールアドレスを訊き出そうと試みた。結果的にそれを断念したのは、昼食時に交わした会話により、楠部龍平こそが計画を邪魔した張本人だと断定したから。
あくまでも自己診断だが、ここまでの推理に矛盾も破綻もないように思う。
頭部を持ち帰った朝以降、僕に対して不自然な形でコンタクトを取ってきた人物は、北山だけだ。そもそも、北山が犯人ではないならば、僕にメールアドレスを訊く理由が見当たらない。
宮下紗弥加を殺したのは、北山司でしか有り得ない。僕にはそう思える。
息を深く吸い込み、長く吐く。大仕事を成し遂げたと脳髄が錯覚したらしく、目元と口元の筋肉が不細工に弛緩したのが自覚される。すぐさま気持ち共々引き締める。
宮下紗弥加を殺したのは北山司。それでほぼ間違いないという結論が出たからといって、問題は何一つ解決していない。僕が計画を邪魔したと認定し、報復を目論んでいるのだとすれば、対策を講じる必要がある。そして、それと同程度に問題なのは――。
椅子を回してクローゼットのドアに向き直る。その向こう側に、僕が戦わなければならないもう一つの存在がある。
宮下紗弥加の頭部。とにもかくにも、あれをどうにかしなければ。
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