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北山司②
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「そんなことより、グッさん、何で僕にメールをくれなかったんだ? そんなに冷たいやつだとは思わなかったな」
この話題ならば不自然だと思われないという判断のもと、僕は話頭を転じる。谷口は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、僕と目を合わせる。
「どうせ何日後かに学校で顔を合わせるだろ。恋人同士じゃあるまいし、一日二日休んだくらいで安否確認なんてするかよ。まあ、ぶっちゃけると、面倒だったからなんだけど」
「酷いな。それでも友達か」
谷口らしいと言えば谷口らしいのだが。
「冗談だよ。そんなことより」
谷口は筧へと視線を転じる。
「筧、あの件について俺に話してくれよ」
「ああ、そうだな。これ以上勿体ぶるのもなんだし」
あの件という、婉曲な表現が用いられた時点で、何を話そうとしているのかは察しがついた。僕の顔を見て、発言の意味を解していないと解釈したらしく、すかさず筧が説明する。
「ほら、北山のことだよ。昨日電話で知らせただろ。グッさんにはまだ、『北山が龍平のメアドを訊いてきた』とだけしか言ってなくて」
洗いざらい話してもいいか? 筧が眼差しで問う。僕だって詳細は聞かされていない。北山司は宮下紗弥加殺害事件に関係しているかもしれない、という疑惑に起因する不安感を頭の一隅で意識しながら、首肯する。
筧は僕と谷口の顔を交互に見ながら話す。
「一昨日、グッさんは用があるらしくて、さっさと帰ったんだよ。龍平もいないし、俺も帰ろうと思って教室を出たら、昇降口で北山に話しかけられたんだ。北山とは今まで全然話したことなかったし、何の用かなと思ったら、『筧くんって楠部くんと仲がいいよね。だったら、楠部君のメールアドレスを教えてくれないかな』って。言われた瞬間、あっ、こいつ、龍平に気があるんだなって分かったね。女子だから、教えても龍平は怒らないだろうとは思ったんだけど、やっぱりほら、本人の許可なしに教えるのはまずいじゃん? だから北山にそう伝えて、『北山がメアドを知りたがってた』と龍平に伝えておくと言ったら、北山も納得して、その場はお開きになった。そういう経緯」
「楠部は休んでいたから、仕方なく筧に訊いたってことなのかな」
「多分そうじゃないの。それか、龍平に直接訊くのが恥ずかしかったとか。話してみた感じ、北山って内気な性格っぽいし。しかし、まさか、龍平が女子からねぇ」
「楠部はどうするつもり? 昨日筧が電話したから、北山の件を楠部は把握しているんだろう。で、俺を除け者にして、北山への対応について協議した」
「協議っていう言い方は大げさだけど、まあ一応」
「結局、教えることにしたのか」
「うん。拒む理由はないし」
「ショートホームルームが始まらないうちに行ってこいよ。恥ずかしがらずに、さくっと」
筧の右手が僕の背中を二度強く叩く。故意に力を込めたのか、元々の力が強いだけで悪意はないのか。筧は常時テンションが高めな男ではあるが、今朝は普段にも増して高い。僕のテンションが低いせいで、相対的にそう感じられるのだろうか。
谷口も同じ意見らしく、筧と結託し、言の葉の力によって僕に行動を促す。他人から命じられるとしたくなくなるものだし、北山は宮下紗弥加の死と無関係ではないかもしれないし、同年代の異性に話しかけるのは気恥ずかしい。あらゆる意味で気乗りがしない。
しかし、これ以上抵抗を継続すれば、消極的な態度の裏にある事情の存在に感づかれ、詮索されかねない。その懸念とは別に、露呈した臆病さに対して、谷口から冷ややかな眼差しを投げかけられたり、筧から笑われたりするのは不愉快だから避けたい、という気持ちもある。
「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
溜息をつき、教室内を軽く見回す。
「行くのは行くけど、北山さんの席ってどこだっけ」
「何だ、知らないのか。ほら、あそこだよ。あそこで読書してるのが北山司」
筧は廊下側の最前列の席を指差す。
その女子生徒を一目見た瞬間、冷ややかな電流が背筋を駆け上がり、総身が粟立った。
僕が座っている場所からは、北山司の後ろ姿の全容が視認できる。
彼女の髪の毛は闇のように真っ黒で、その後ろ髪は、白亜のリボンによって後頭部の低い位置で一つに束ねられている。
宮下紗弥加の後ろ髪と同じように。
この話題ならば不自然だと思われないという判断のもと、僕は話頭を転じる。谷口は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、僕と目を合わせる。
「どうせ何日後かに学校で顔を合わせるだろ。恋人同士じゃあるまいし、一日二日休んだくらいで安否確認なんてするかよ。まあ、ぶっちゃけると、面倒だったからなんだけど」
「酷いな。それでも友達か」
谷口らしいと言えば谷口らしいのだが。
「冗談だよ。そんなことより」
谷口は筧へと視線を転じる。
「筧、あの件について俺に話してくれよ」
「ああ、そうだな。これ以上勿体ぶるのもなんだし」
あの件という、婉曲な表現が用いられた時点で、何を話そうとしているのかは察しがついた。僕の顔を見て、発言の意味を解していないと解釈したらしく、すかさず筧が説明する。
「ほら、北山のことだよ。昨日電話で知らせただろ。グッさんにはまだ、『北山が龍平のメアドを訊いてきた』とだけしか言ってなくて」
洗いざらい話してもいいか? 筧が眼差しで問う。僕だって詳細は聞かされていない。北山司は宮下紗弥加殺害事件に関係しているかもしれない、という疑惑に起因する不安感を頭の一隅で意識しながら、首肯する。
筧は僕と谷口の顔を交互に見ながら話す。
「一昨日、グッさんは用があるらしくて、さっさと帰ったんだよ。龍平もいないし、俺も帰ろうと思って教室を出たら、昇降口で北山に話しかけられたんだ。北山とは今まで全然話したことなかったし、何の用かなと思ったら、『筧くんって楠部くんと仲がいいよね。だったら、楠部君のメールアドレスを教えてくれないかな』って。言われた瞬間、あっ、こいつ、龍平に気があるんだなって分かったね。女子だから、教えても龍平は怒らないだろうとは思ったんだけど、やっぱりほら、本人の許可なしに教えるのはまずいじゃん? だから北山にそう伝えて、『北山がメアドを知りたがってた』と龍平に伝えておくと言ったら、北山も納得して、その場はお開きになった。そういう経緯」
「楠部は休んでいたから、仕方なく筧に訊いたってことなのかな」
「多分そうじゃないの。それか、龍平に直接訊くのが恥ずかしかったとか。話してみた感じ、北山って内気な性格っぽいし。しかし、まさか、龍平が女子からねぇ」
「楠部はどうするつもり? 昨日筧が電話したから、北山の件を楠部は把握しているんだろう。で、俺を除け者にして、北山への対応について協議した」
「協議っていう言い方は大げさだけど、まあ一応」
「結局、教えることにしたのか」
「うん。拒む理由はないし」
「ショートホームルームが始まらないうちに行ってこいよ。恥ずかしがらずに、さくっと」
筧の右手が僕の背中を二度強く叩く。故意に力を込めたのか、元々の力が強いだけで悪意はないのか。筧は常時テンションが高めな男ではあるが、今朝は普段にも増して高い。僕のテンションが低いせいで、相対的にそう感じられるのだろうか。
谷口も同じ意見らしく、筧と結託し、言の葉の力によって僕に行動を促す。他人から命じられるとしたくなくなるものだし、北山は宮下紗弥加の死と無関係ではないかもしれないし、同年代の異性に話しかけるのは気恥ずかしい。あらゆる意味で気乗りがしない。
しかし、これ以上抵抗を継続すれば、消極的な態度の裏にある事情の存在に感づかれ、詮索されかねない。その懸念とは別に、露呈した臆病さに対して、谷口から冷ややかな眼差しを投げかけられたり、筧から笑われたりするのは不愉快だから避けたい、という気持ちもある。
「分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
溜息をつき、教室内を軽く見回す。
「行くのは行くけど、北山さんの席ってどこだっけ」
「何だ、知らないのか。ほら、あそこだよ。あそこで読書してるのが北山司」
筧は廊下側の最前列の席を指差す。
その女子生徒を一目見た瞬間、冷ややかな電流が背筋を駆け上がり、総身が粟立った。
僕が座っている場所からは、北山司の後ろ姿の全容が視認できる。
彼女の髪の毛は闇のように真っ黒で、その後ろ髪は、白亜のリボンによって後頭部の低い位置で一つに束ねられている。
宮下紗弥加の後ろ髪と同じように。
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