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戦いが終わって③
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「行っちゃったね」
「行ってしまいましたね」
分かりきった事実を声に出して確認し合い、二人は再び押し黙る。
真一が自己分析してみるに、安堵の念の勢力が一番大きいらしい。そして、さびしいという感情もしっかりとある。南那に対してはもちろん、虎に対してもその感情を覚えているのが、彼は我ながら意外な気がした。達成感らしきものも胸の底にかすかに漂っている。残る感情は埃や塵のように細かで、分類できそうにない。
不意に、咲子から視線を注がれていることに気がつく。目つきは険しいというほどではないが、穏やかでもない。真一は指で頬をかきながら、
「すみません。力のことなんですけどね――」
真一は力が嘘であることを告げ、嘘をついていたことを謝罪した。己のちっぽけで浅ましい私利私欲のためについた嘘のせいで、多くの命が失われたことはもちろん理解している。平身低頭、平謝りに謝ったのだが、
「いいよ。もういい。力が嘘だって、ずっと前から気づいていたし、謝られても死んだ人間は戻ってこないし」
話の途中で蠅でも払うように手を振りながら遮られたので、真一は目を丸くした。
「……気づいていたんですか。いつから?」
「はっきりとは言えないけど、疑う気持ち自体はあなたに出会ってからずっとあった。嘘じゃない、ほんとうにそういう力があるんだって、自分に言い聞かせながらこの一週間を過ごしてきた気がする」
「そうでしたか……。期待を裏切ってしまって、すみません」
「いいのよ、もう謝らなくても。疑わしいと思いながらあなたを信じて、あなたの力が本物だということを前提に、対策を立ててきた私が馬鹿だっただけだから」
さすがに気まずく、真一は口をつぐむ。しかし、五秒も経たずに咲子が表情を崩した。
「いろいろあって、人がたくさん死んだけど、私たちは生きている。虎の脅威に怯えなくても済む。結果オーライということで、それでよくないかな?」
七日間の騒動を総括するのに、その言葉はあまりにも軽々しい。しかし、どうやら本心を偽ってはないらしい咲子の笑みを見ているうちに、「まあいいか」という気分になった。小毬で起きたことを、小毬の地区長がこれでいいと言うのだから、これでいいのだ。そう思うことにした。
真一の顔にも笑みが灯る。互いがほほ笑んでいることに気がついた瞬間、二人の口から同時に笑い声がこぼれた。そして、うなずき合った。いろいろあったけど、結果オーライ、これでオッケー、と。
「真一はもう小毬を出るんでしょ?」
「はい。ここにいる理由もなさそうなので」
「故郷は加古川だっけ。加古川での生活を続けられなくなって徳島まで来たそうだけど、帰っても平気なの?」
「なんとかなるでしょう。ここで起きたことを考えれば、なにがあっても乗り越えられると思うし」
「そうね。そうだよね。じゃあ、このへんでさよならにしましょうか」
「そうですね。小毬の住人のために、がんばってください」
「あなたもね。さようなら」
真一はその場から立ち去る。咲子も移動を開始したらしく、靴音が遠ざかっていく。立ち止まらない。振り返らない。竹林へと淡々と歩を進める。
「誰かのため、か」
帰宅するまでの道中、彼は幾度となくその一言をつぶやいた。
「行ってしまいましたね」
分かりきった事実を声に出して確認し合い、二人は再び押し黙る。
真一が自己分析してみるに、安堵の念の勢力が一番大きいらしい。そして、さびしいという感情もしっかりとある。南那に対してはもちろん、虎に対してもその感情を覚えているのが、彼は我ながら意外な気がした。達成感らしきものも胸の底にかすかに漂っている。残る感情は埃や塵のように細かで、分類できそうにない。
不意に、咲子から視線を注がれていることに気がつく。目つきは険しいというほどではないが、穏やかでもない。真一は指で頬をかきながら、
「すみません。力のことなんですけどね――」
真一は力が嘘であることを告げ、嘘をついていたことを謝罪した。己のちっぽけで浅ましい私利私欲のためについた嘘のせいで、多くの命が失われたことはもちろん理解している。平身低頭、平謝りに謝ったのだが、
「いいよ。もういい。力が嘘だって、ずっと前から気づいていたし、謝られても死んだ人間は戻ってこないし」
話の途中で蠅でも払うように手を振りながら遮られたので、真一は目を丸くした。
「……気づいていたんですか。いつから?」
「はっきりとは言えないけど、疑う気持ち自体はあなたに出会ってからずっとあった。嘘じゃない、ほんとうにそういう力があるんだって、自分に言い聞かせながらこの一週間を過ごしてきた気がする」
「そうでしたか……。期待を裏切ってしまって、すみません」
「いいのよ、もう謝らなくても。疑わしいと思いながらあなたを信じて、あなたの力が本物だということを前提に、対策を立ててきた私が馬鹿だっただけだから」
さすがに気まずく、真一は口をつぐむ。しかし、五秒も経たずに咲子が表情を崩した。
「いろいろあって、人がたくさん死んだけど、私たちは生きている。虎の脅威に怯えなくても済む。結果オーライということで、それでよくないかな?」
七日間の騒動を総括するのに、その言葉はあまりにも軽々しい。しかし、どうやら本心を偽ってはないらしい咲子の笑みを見ているうちに、「まあいいか」という気分になった。小毬で起きたことを、小毬の地区長がこれでいいと言うのだから、これでいいのだ。そう思うことにした。
真一の顔にも笑みが灯る。互いがほほ笑んでいることに気がついた瞬間、二人の口から同時に笑い声がこぼれた。そして、うなずき合った。いろいろあったけど、結果オーライ、これでオッケー、と。
「真一はもう小毬を出るんでしょ?」
「はい。ここにいる理由もなさそうなので」
「故郷は加古川だっけ。加古川での生活を続けられなくなって徳島まで来たそうだけど、帰っても平気なの?」
「なんとかなるでしょう。ここで起きたことを考えれば、なにがあっても乗り越えられると思うし」
「そうね。そうだよね。じゃあ、このへんでさよならにしましょうか」
「そうですね。小毬の住人のために、がんばってください」
「あなたもね。さようなら」
真一はその場から立ち去る。咲子も移動を開始したらしく、靴音が遠ざかっていく。立ち止まらない。振り返らない。竹林へと淡々と歩を進める。
「誰かのため、か」
帰宅するまでの道中、彼は幾度となくその一言をつぶやいた。
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