少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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真相⑥

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 一同のあいだに動揺が走った。南那を除く、この場にいる人間全員の心が揺れたという意味だ。それはもちろん真一も例外ではなく、呼吸さえも忘れて語が継がれるのを待った。南那が述べた提案はこうだった。


* * *


 今後、わたしは中後さんの妻として暮らしたいと思っている。
 だから咲子さんは、中後さんを殺そうとするのをやめてほしい。その代わりに中後さんは、小毬の住人たちに対する復讐心をすっぱりと捨てて、襲って殺すのをやめる。

 中後さんが暮らす場所は、竹林の中のみ。食料は、中後さんが捉えた野生の動物の肉と、わたしが作った竹細工で得た収入で買った食料で賄うことにする。わたしは、住人たちを二度と襲わないという約束を中後さんが守るように、彼の野獣としての本能をなだめ、コントロールする義務を負う。

 竹細工を作るのに必要な道具一式は、手数をかけてしまうけど、みんなに竹林まで運びこむのを手伝ってほしい。竹ひごを持ってくるのと、完成品を持っていってふもとの町へ売りに行くのと、お店から受けとったお金で食料や日用品を買ってくるのは、これも手数をかけることになるけど、今までどおりケンさんの役目。商品をとりにくる場所が今宮家から竹林に変わっただけで、そう負担が増えるわけではないから、きっと彼も引き受けてくれると思う。

 わたしの義務について話したけど、中後さんと咲子さんも、もちろん義務を負わなければいけない。中後さんは、理性を保つのを心がけて、なにがあっても住人たちを襲わないようにすること。咲子さんは、住人たちに中後さんを刺激するような行動をとらせないように指導すること。
 三人が義務を守る意識を強く持つことができれば、誰も血を流さない、平和な小毬の日常がきっと戻ってくる。

 わたしの話を聞いて、難しいって二人は思ったかもしれない。だけど、わたしの考えだと、二人にとって義務を果たすのはそう難しい仕事ではない。
 だって、中後さんは住人たち、特に咲子さんに対する恨みからというよりも、咲子さんが好きだからこそ襲っていたのだから。中後さんは咲子さんが好きだけど、咲子さんは中後さんのことが嫌いで、構ってもらえなくて、それがさびしくて、住人を殺すという名目で小毬まで来ていたんだと思う。
 なぜって、今までに大規模なものから小規模なものまで、数えきれないくらい襲撃があったのに、中後さんから最も恨まれているはずの咲子さんは傷一つ負ったことがないでしょう。
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