少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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真相⑤

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 そこに現れたのが、沖野真一さんだった。

 わたしは初日の夜に、裸で真一さんを誘惑したのだけど、あとになってその一件を振り返るたびに、自分がそんな行動をとったことが信じられなかった。失礼な言いかたになるけど、真一さんは凄まじく魅力的な異性ではない。他人を家に入れるのは久しぶりだったから、人肌の温もりを欲する気持ちがあって、それがそんな馬鹿げた行動に繋がったんだと思う。
 気の迷いだとしても恋は恋だから、本物の恋に変化する可能性はあった。だけど、わたしが真一さんに抱いた恋心の温度は、初日の夜が最高。虎を殺す力なんていう見え透いた嘘をついて、住人のみんなを言葉巧みに騙して、なんらかの利益を得ることに専心している。率直に言って、好きにはなれなかった。わたしの好みは、わたしを現在捕らえて離さない閉塞感を打開できるような、突破力と力強さと精気を兼ね備えた存在。

 たとえば、虎になってからの中後さんのような。

 真一さんに身勝手に惹かれ、身勝手に失望したことで、中後さんに恋をしていることをわたしは自覚した。
 唯々諾々と命令に従うだけの関係から、双方に温かな利益がもたらされる、心ときめく関係に移行したい。
 そう願ったけど、具体的にどうすればいいかが分からなくて、前に進みたくても進めなかった。現在の関係を壊すことは、自らの死に繋がるかもしれない。そんな恐怖感も前進の邪魔をした。中後さんとの関係はずっと現状維持で、わたしはこのまま小毬で生涯を終えるに違いない。そう悲観した。

 そんな折、真一さんから「いっしょに小毬から逃げよう」と持ちかけられて、目から鱗が落ちた。そんな選択肢が存在することに、物心がついて初めて知った。身震いするくらいの衝撃を受けた。そうか、わたしは小毬を出たかったんだって気がついた。
 だけど、すぐに返事はできなかった。真一さんの人柄に信頼が置けないからとか、心の準備がまだ整っていないからとか、そういうことじゃなくて、もっと別の原因があるらしいのだけど、それがなんなのかは分からなかった。

 その正体を知ったのは、今日になってのこと。
 銃を構えた地区長と、肩から血を流した中後さんが対峙しているのを見て、わたし、どちらにも死んでほしくないって強く思ったの。殺されてほしくないって。

 どちらかが死ねば、わたしが置かれている状況にもおそらく変化がある。広い意味でわたしを縛っている存在が消滅するのだから、好転する可能性も大いに期待できる。でも、どちらかが消えるのは嫌だって、二人を見た瞬間に強く思ったの。現状維持はたしかに嫌だけど、どちらかが犠牲になって得られる幸せなんて、意味ないなって。犠牲と引き換えに得られる幸せなんて、ほしくないなって。
 だって、そうでしょう? 実の母親と、命の恩人。どちらか一方を選ぶことなんて、絶対に無理。咲子さんはわたしに冷たいけど、中後さんはわたしを召使いのように扱うけど、それでも大切な存在なの。死に値する人じゃない。

 そこでわたしは、咲子さんと中後さん、どちらも死なずに済む方法を提案したい。
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