少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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真相③

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 わたしは中後さんが人間だった時代に、彼とは何回か話をしたことがある。小学生の少女と青年の他愛もない会話で、恨まれるようなことは言った覚えはないけど、虎になったことで、中後さんはきっとそんな思い出は忘れてしまっているんだって思った。

 震えが止まらなかった。絶対に殺されると思った。でも、死にたくなかった。殺人という大罪を犯した直後は自殺も考えたけど、その考えはいつの間にかどこかに消えていた。
 生きたい。その一念だった。

 いつの間にか震えは止まっていた。わたしは自分から中後さんに顔を近づけて、叫んだ。

「殺さないで。わたしは生きたいの。そこに倒れている男は、わたしが殺した。その男の肉ならいくらでも食べていいし、今後あなたの命令にはなんでも従う。だから、お願い。わたしを殺さないで」

 言い終えると、中後さんに変化が生じた。雰囲気が柔らかくなったの。なにか来る、と思った。機械音を思わせる男性の低い声がこう答えた。

「お前のことはよく覚えているよ。数少ない、僕を迫害しなかった人間の一人だからな。柔らかそうな若い女の肉は食らいたいが、生かしておく理由がないわけじゃないし、さあどうしようかと迷っていたのだが――そうか、お前も被害者だったのか。そして、加害者でもある。虎と少女という決定的な違いはあるが、僕たちは似た者同士というわけだ。
 気に入ったぞ、今宮南那。召使いとして僕に尽くすと約束するなら、その男を殺したのは僕であるかのように細工してやろう。破格の条件だと思うのだが、どうする?」

 わたしは迷わずにうなずいた。そしてその日から、中後さんのもとに食料を届け、小毬の人間が講じる虎対策に関する情報をリークするのがわたしの日課になった。

 虎に襲われて卓郎が殺されたのに、わたしがまったくの無傷だったせいで、住人たちからは変な噂を立てられて、白い目で見られるようになったけど、わたし自身はあまりダメージを受けなかった。まったく受けなかったわけじゃないけど、中後さんが何日かおきにその仕返しをしてくれているのだと思うと、取るに足らない些事に降格した。わたしは虐待の後遺症で感情表現が下手くそになっていたし、中後さんと会うときは細心の注意を払っていたから、住人たちからは怪しまれずに済んだ。こんな日々がこれからもずっと、ずっと続いていくんだろうって思っていた。

 最初、新しい生活に不満はなかった。住人たちの目を盗んで行動するのは大変だったけど、リターンは大きいと感じていたから、むしろ中後さんには感謝していた。脅されて嫌々命令に従っているという意識は全然なかった。
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