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真相①
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わたしは十一歳のころ、今宮卓郎を殺した。みんなのあいだでは虎に殺されたことになっているけど、違う。「虎と取引をして殺してもらった」と噂されているのは知っているけど、それも間違っている。
物心ついたときから、わたしは吉行家で暮らしてきた。優しくて料理が得意な母親に、物静かで手先が器用な父親。子ども時代のわたしは幸せだったけど、六年前、九歳のときに突然大きな変化が起きた。母親が病気になって町の病院に入院したのを機に、今宮卓郎の養子として卓郎の家で暮らすことになったの。
わたしは卓郎との同居にいつまで経っても慣れなくて、なつけなかった。そして、十歳の誕生日を迎えたのを機に、性的虐待を受けるようになった。
だけどわたしが卓郎を殺したのは、彼から虐げられるのを苦にしたからじゃない。精神的苦痛を感じていたのはたしかだけど、性的虐待が直接の要因ではなかった。
わたしの感情が爆発したのは、なんの変哲もない夏の夜のこと。かなり酒臭い息を吐いていた記憶があるから、酔った勢いだったんだと思う。わたしに向かって、卓郎はわたしの無知を嘲るようにこう言ったの。
「南那、お前は吉行夫婦の実の娘ではない。あの女とケンさんは、そもそも夫婦ですらない。女が姉で、ケンさんが弟、血の繋がりがあるきょうだいだ。近親相姦の結果生まれたわけでもなくて、一時的な扶養係としてお前の世話をしていたに過ぎない。
では、お前は誰の娘なのか? この俺、今宮卓郎だ。お前の母親は、お前も顔くらいは知っていると思うが、西島咲子という女だ。俺の妻だった女がまだ生きているときに、俺と不倫関係にあった女でね。そんな女とのあいだに生まれた子どもを、堂々と家に置いておくわけにはいかないから、もう一人の愛人だった吉行の家に預けたんだ」
わたしが受けたショックは大きかった。大好きだった両親がほんとうのお父さんやお母さんではなかったことも。いつも無理矢理わたしにいやらしいことをする、大嫌いな義理の父親が、血の繋がりがある実の父親だったことも。どちらもショックで、頭が真っ白になった。それにつけ込まれて、かなり酷い性的な虐待を受けたような記憶があるけど、よく覚えていない。
やがて頭の中が鮮明さを取り戻したとき、卓郎は下着姿で床に寝ころがっていびきをかいていた。とても気持ちよさそうな寝顔を見て、心底腹が立った。殺意が湧いた。卓郎の振る舞いに嫌悪感や怒りを覚えたことは数えきれないくらいあるけど、それを本人にぶつけよう、暴力的な形で晴らそうと考えたのは、そのときが初めてだった。
物心ついたときから、わたしは吉行家で暮らしてきた。優しくて料理が得意な母親に、物静かで手先が器用な父親。子ども時代のわたしは幸せだったけど、六年前、九歳のときに突然大きな変化が起きた。母親が病気になって町の病院に入院したのを機に、今宮卓郎の養子として卓郎の家で暮らすことになったの。
わたしは卓郎との同居にいつまで経っても慣れなくて、なつけなかった。そして、十歳の誕生日を迎えたのを機に、性的虐待を受けるようになった。
だけどわたしが卓郎を殺したのは、彼から虐げられるのを苦にしたからじゃない。精神的苦痛を感じていたのはたしかだけど、性的虐待が直接の要因ではなかった。
わたしの感情が爆発したのは、なんの変哲もない夏の夜のこと。かなり酒臭い息を吐いていた記憶があるから、酔った勢いだったんだと思う。わたしに向かって、卓郎はわたしの無知を嘲るようにこう言ったの。
「南那、お前は吉行夫婦の実の娘ではない。あの女とケンさんは、そもそも夫婦ですらない。女が姉で、ケンさんが弟、血の繋がりがあるきょうだいだ。近親相姦の結果生まれたわけでもなくて、一時的な扶養係としてお前の世話をしていたに過ぎない。
では、お前は誰の娘なのか? この俺、今宮卓郎だ。お前の母親は、お前も顔くらいは知っていると思うが、西島咲子という女だ。俺の妻だった女がまだ生きているときに、俺と不倫関係にあった女でね。そんな女とのあいだに生まれた子どもを、堂々と家に置いておくわけにはいかないから、もう一人の愛人だった吉行の家に預けたんだ」
わたしが受けたショックは大きかった。大好きだった両親がほんとうのお父さんやお母さんではなかったことも。いつも無理矢理わたしにいやらしいことをする、大嫌いな義理の父親が、血の繋がりがある実の父親だったことも。どちらもショックで、頭が真っ白になった。それにつけ込まれて、かなり酷い性的な虐待を受けたような記憶があるけど、よく覚えていない。
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