少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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南那の言葉

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 中後保はいくらか同情されてもいい。
 一方で、態度を改める必要もある。

 現在、虎も咲子も相手を殺すことに固執している。しかし、咲子は一度だけではあるが、「二度と小毬の土地に足を踏み入れないなら、殺さない」と言った。つまり、虎が譲歩すれば、この場は丸く収まる可能性がある。
 ただ虎は、二発撃たれながらもまだ立ち上がろうとしている。銃で撃たれることを、撃たれて殺される未来を、まったく恐れていない。復讐心にとり憑かれていて、頭の中は咲子を殺すことでいっぱいで、忠告を聞き入れるつもりは毛頭なさそうだ。

 どうすればいい? どうすれば、中後保の凝り固まった考えを突き崩すことができる?

 虎が体を起こした。軽やかな身のこなしではなかったが、余力はありそうだ。銃弾を避けさえすれば、咲子に飛びかかって絶命させられるだけの体力は、まだ残っているように見える。
 維持されているのは、咲子の殺意もそうだ。倒れるか、降参するまで、撃つ。そんな決意に、両の瞳が妖しく燃え上がっている。
 虎は一歩、二歩と咲子へと近づく。
 みたび、引き金にかかった人差し指に力がこもり――。

「待って!」

 決定的な動作を行う寸前、声が響いた。咲子のものではない女性の声。声がした民家から人影が飛び出したかと思うと、虎と咲子を結ぶラインの中間付近まで走って足を止め、咲子のほうを向いて両手を水平に広げた。
 今宮南那だ。

 しらける一歩手前のような空気が場に漂っている。舞台に立つ役者全員が呆然自失としている。
 咲子は構えていたライフル銃を下ろした。虎も天に向かって突き立てていたしっぽを下ろす。南那は両者を交互に見ながら、

「みんな、よく聞いて。混乱していると思うけど、まずはわたしの話を聞いて。わたしをどうにかしたいなら、聞き終わったあとにして」

 真一はこのとき初めて、自分と虎と咲子以外にも見物人が多数いることに気がついた。大半は民家の戸や窓の隙間から恐る恐るといった様子で顔だけを出している。二・三人ほどではあるが、畑の作物の陰に身を潜めて舞台の中央をうかがっている者もいる。
 二人とも、ではなく、みんな。南那は小毬地区全体、住人全員に影響を及ぼすような、重大な話をしようとしているのだ。
 理解したのを境に、真一の心は急速に緊張に侵されていく。それが波及したとでもいうように、咲子と虎が相対し、交戦していたときとはまた違った緊迫感に、場は駆け足で染め上げられていく。

「まずはわたしの過去から始めさせて。遠回りになってしまうけど、わたしの考えを分かってもらうためには必要だから」

 広げていた両手を下ろす。咲子と虎、両者に横顔が見えるように体の向きを変え、南那は話しはじめた。
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