少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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怒りと笑い

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「初めてなのは、僕に対して怒りを露わにしたのもそうか? どうしたんだよ、沖野真一。らしくないぞ。僕に対してはひたすら怯えて、震えて、こびへつらうのがお前という男じゃないか」
「なにが人を一番怒らせるのか、獣になったお前に分かるか? 約束を破ることだよ。鎮虎祭は夜に開催される予定だろう。まだ始まっていないし、ここは開催地じゃない。なんでもう殺してるんだよ」
「それに対しては、答えを二つ用意できるな。一つは、虎は気まぐれな生き物だから。一つは、奇襲をかけたほうがより多く殺せるから。どちらか好きなほうを選べ」
「だから、そういうことでは……」
「忘れたか? お前は僕の召使い。役に立つ人間だから、強く反抗しない限りは殺さない。三日ぶりに開催された虐殺ショーだ。のんびり見物していろよ」
「手をこまねいていられるかよ。俺はこんな惨劇、望んじゃいない」

 口調の強さは自覚している。是正しようとは思わない。気持ちが高ぶっていて、厳しい姿勢で臨むことにためらいはなかった。

「昨日と話が違うじゃないか。僕に嘘をついたのか? それとも気が変わった?」
「後者だよ」
「これまでの献身ぶりに敬意を表して、一応訊いておこうか。じゃあ、お前はどうしたい?」

 真一はまごついた。その反応を見て、虎が嘲りの色を口元に滲ませたように見えたので、咄嗟に表情を引き締める。睨むように虎の顔を見返しながら、対応を検討する。
 まさか、襲撃の混乱を利用して南那と逃げるつもりだ、と言うわけにもいかない。「混乱に乗じて二人で逃げる」よりも生存確率が高い方法があるとすれば――。

「話し合いだ」
 おもむろに、毅然とした口調で、人間・沖野真一は虎・中後保に向かって告げる。

「話し合いをするんだ、中後保。お前がやるべきは人間を殺すことじゃなくて、対話だ。人の言葉をしゃべれる個性を、そういう形で活かせ」
「はあ? 対話って、誰と?」
「咲子さんだよ。西島咲子。小毬地区代表の咲子さんとお前の一人と一頭で、話し合え。お前は小毬の住人を殺すのをやめて、小毬の住人はお前を退治することを諦める。その交換条件が成立するには、互いになにをすればいいのか。どんな要求を呑めばいいのか。そこのところを二人で話し合って、妥協点を見つけろ。もう二度と血なまぐさい惨劇が起こらずに済むような方法を、知性を持つ者同士、知恵を出し合って模索するんだ」

 意見しているさなかは、心が高ぶりっぱなしだった。俺は正しい道を見つけ出したのだ。これこそが正義だ。そう腹の底から信じた。
 しかし、虎は真一の想像を裏切る反応を示した。
 呵々大笑したのだ。
 大声で、正義を、正しさを、嘲笑った。

 世界が音を立てて崩落していくかのようだ。目の前で巨大な太鼓を渾身の力で連打されたかのように、振動が真一の体を芯から揺るがす。軽い痛みさえ感じた。正しさにたどり着けた高揚感は、発声により生じた風がかき消していた。

 そして、笑声がやむ。
 くっくっく、という小さな笑いを挟み、虎は再びしゃべり出す。
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