97 / 120
真一を圧倒したもの
しおりを挟む 長くなっちゃったけど、私が虎退治に執念を燃やす理由、真一も理解してくれたと思う。
南那を邪険に扱う理由? あの子が虎と取引して卓郎を殺させたんじゃないか、っていう噂はもちろん知っているけど、信じてはいないよ。望まないで生んだ子だから、うとましい。偶然だとしても、愛していた卓郎が死んだのに生き残ったから、うとましい。虎と取引なんてしていないくせに、噂を信じる住人に対してなんの説明責任も果たそうとしないから、うとましい。ようするに、存在自体がうとましいってことじゃないかな。
……語るべきことはもうなさそうね。
* * *
真一は途中から咲子の隣に体を横たえていた。長くなりそうだ、と感じたからだ。
彼が添い寝してからというもの、咲子は彼の体に頻繁に指を這わせた。無意識に髪の毛をいじったり頬をかいたりするといった、自らの語りの邪魔にならない動作だった。
真一は触られているのは分かっていたが、その手をどうにかしようという方向に意識は流れなかった。話に惹き込まれたからだ。
聞いている最中は、流れ込んでくる情報を無防備に得ているだけで、特定の感情に心が揺さぶられることはなかった。しかし、話に大きな区切りがついたとたん、圧倒された。長い時間をかけて体内に注ぎ込まれたものが、「語るべき過去はもうなさそうね」の一言をスウィッチに、急激に膨らんで内側から突き破ってくるような圧力を加えてきた。痛みはなかったが、過食したさいに腹部に覚えるような圧迫感を胸に覚えた。
偶然にも、咲子がその部位を掌でそっと撫でた。彼はその手を自らの手でやんわりと押さえつける。
真一を圧倒したものの正体は、情報量だ。
咲子が語った範囲内の過去であれば、無駄な語句を刈り込んで脱線を削除すれば、発言をもっとコンパクトに収められただろう。
しかし今回は、その枝葉にあたる情報があまりにも多かった。人間時代の中後保に、虎になってからの中後保。今宮南那、今宮卓郎の親子。ケンさんの姉。さらには、少子高齢化問題、ジェンダー、心理学……。
数多くの項目から構成された莫大な情報の数々を前に、彼は途方に暮れた。苦しみを伴った呆然自失。その苦しみから逃れるために足掻くべきだし、足掻きたいと思っているのだが、悲しいかな、なす術がなかった。
真一は、自分の利益を最優先に行動し、そのためには相手を斬り捨てることも厭わない生きかたを、これまで自分が採用し、守りつづけてきた理由が腑に落ちた。
一個人が内包している情報は膨大だ。それが一気に体内に流れ込んできたら、精神的にもたない。だから、無視したり、突き放したり、利用し終わったらすぐに捨てたりして、極力関わり合わないようにしていたのだ。
南那を邪険に扱う理由? あの子が虎と取引して卓郎を殺させたんじゃないか、っていう噂はもちろん知っているけど、信じてはいないよ。望まないで生んだ子だから、うとましい。偶然だとしても、愛していた卓郎が死んだのに生き残ったから、うとましい。虎と取引なんてしていないくせに、噂を信じる住人に対してなんの説明責任も果たそうとしないから、うとましい。ようするに、存在自体がうとましいってことじゃないかな。
……語るべきことはもうなさそうね。
* * *
真一は途中から咲子の隣に体を横たえていた。長くなりそうだ、と感じたからだ。
彼が添い寝してからというもの、咲子は彼の体に頻繁に指を這わせた。無意識に髪の毛をいじったり頬をかいたりするといった、自らの語りの邪魔にならない動作だった。
真一は触られているのは分かっていたが、その手をどうにかしようという方向に意識は流れなかった。話に惹き込まれたからだ。
聞いている最中は、流れ込んでくる情報を無防備に得ているだけで、特定の感情に心が揺さぶられることはなかった。しかし、話に大きな区切りがついたとたん、圧倒された。長い時間をかけて体内に注ぎ込まれたものが、「語るべき過去はもうなさそうね」の一言をスウィッチに、急激に膨らんで内側から突き破ってくるような圧力を加えてきた。痛みはなかったが、過食したさいに腹部に覚えるような圧迫感を胸に覚えた。
偶然にも、咲子がその部位を掌でそっと撫でた。彼はその手を自らの手でやんわりと押さえつける。
真一を圧倒したものの正体は、情報量だ。
咲子が語った範囲内の過去であれば、無駄な語句を刈り込んで脱線を削除すれば、発言をもっとコンパクトに収められただろう。
しかし今回は、その枝葉にあたる情報があまりにも多かった。人間時代の中後保に、虎になってからの中後保。今宮南那、今宮卓郎の親子。ケンさんの姉。さらには、少子高齢化問題、ジェンダー、心理学……。
数多くの項目から構成された莫大な情報の数々を前に、彼は途方に暮れた。苦しみを伴った呆然自失。その苦しみから逃れるために足掻くべきだし、足掻きたいと思っているのだが、悲しいかな、なす術がなかった。
真一は、自分の利益を最優先に行動し、そのためには相手を斬り捨てることも厭わない生きかたを、これまで自分が採用し、守りつづけてきた理由が腑に落ちた。
一個人が内包している情報は膨大だ。それが一気に体内に流れ込んできたら、精神的にもたない。だから、無視したり、突き放したり、利用し終わったらすぐに捨てたりして、極力関わり合わないようにしていたのだ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
5A霊話
ポケっこ
ホラー
藤花小学校に七不思議が存在するという噂を聞いた5年生。その七不思議の探索に5年生が挑戦する。
初めは順調に探索を進めていったが、途中謎の少女と出会い……
少しギャグも含む、オリジナルのホラー小説。
サヨナラが終わらない彼女の手紙
ネコート
ホラー
付き合っていた彼女に別れを切り出した俺。彼女は優しくそれを受け入れてくれた。
なのに…
連日届く手紙。混乱深まる日々。
果たして彼女の真意は?
そして、その手紙自体が実は何なのか?
episode.5で全てが明かされる…
かもしれない
ミステリ風恋愛ホラー短編小説です。
怪奇現象は起きません。
※表紙はピュアニスタと言うアプリで作成した物です
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ジャクタ様と四十九人の生贄
はじめアキラ
ホラー
「知らなくても無理ないね。大人の間じゃ結構大騒ぎになってるの。……なんかね、禁域に入った馬鹿がいて、何かとんでもないことをやらかしてくれたんじゃないかって」
T県T群尺汰村。
人口数百人程度のこののどかな村で、事件が発生した。禁域とされている移転前の尺汰村、通称・旧尺汰村に東京から来た動画配信者たちが踏込んで、不自然な死に方をしたというのだ。
怯える大人達、不安がる子供達。
やがて恐れていたことが現実になる。村の守り神である“ジャクタ様”を祀る御堂家が、目覚めてしまったジャクタ様を封印するための儀式を始めたのだ。
結界に閉ざされた村で、必要な生贄は四十九人。怪物が放たれた箱庭の中、四十九人が死ぬまで惨劇は終わらない。
尺汰村分校に通う女子高校生の平塚花林と、男子小学生の弟・平塚亜林もまた、その儀式に巻き込まれることになり……。
鹿翅島‐しかばねじま‐
寝る犬
ホラー
【アルファポリス第3回ホラー・ミステリー大賞奨励賞】
――金曜の朝、その島は日本ではなくなった。
いつもと変わらないはずの金曜日。
穏やかな夜明けを迎えたかに見えた彼らの街は、いたる所からあがる悲鳴に満たされた。
一瞬で、音も無く半径数キロメートルの小さな島『鹿翅島‐しかばねじま‐』へ広がった「何か」は、平和に暮らしていた街の人々を生ける屍に変えて行く。
隔離された環境で、あるものは戦い、あるものは逃げ惑う。
ゾンビアンソロジー。
※章ごとに独立した物語なので、どこからでも読めます。
※ホラーだけでなく、コメディやアクション、ヒューマンドラマなど様々なタイプの話が混在しています。
※各章の小見出しに、その章のタイプが表記されていますので、参考にしてください。
※由緒正しいジョージ・A・ロメロのゾンビです。
視える僕らのルームシェア
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる