少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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咲子の過去⑤

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 虎が小毬に現れ、住人を襲っては食い殺すようになったのは、中後家が全焼してからわずか数日後のこと。
 住人たちは大騒ぎだった。タイミングがタイミングだったから、自殺した中後保の生まれ変わりだとか、怨念が野生の虎に乗り移ったとか、そういう非科学的な噂で持ちきりになった。

 先に私の立場を表明しておくと、そういう根拠のかけらもない、現代科学の観点からは的外れな考えは断固として支持できない。だから、野生の虎が密かに小毬の竹林で暮らしていて、食料不足とかそういった理由から人里まで現れるようになったと解釈した。人を食らう凶暴な虎をどうにかして退治して、住人たちの安全と安心を守らなければいけない。小毬を愛する者として、そう強く思った。

 でも一つ問題があって、当時の地区長である卓郎は、虎の脅威に対して、みんなや私ほどの危機感を覚えていないらしいの。「断固として戦う姿勢を示したほうがいい」と箴言したんだけど、「いずれ人間の味にも飽きるさ」なんて呑気極まることを言って、これという対策を講じようとしなかった。
 地区長として優秀な人が、どうしてそんな怠慢をしたかというと、卓郎はそのころよく小毬の外に出かけていたの。目的は私にも教えてくれなかったんだけど、断片的な情報をもとに推測するに、どうも新しく作った女に会いに行っていたみたい。彼は女好きだから、よくよく考えれば、小毬にしか愛人がいないほうがむしろ不自然なわけで。
 どんな面をした女なのかは知らないけど、私や吉行よりも若くて、垢抜けていて魅力的な女だったんだろうね。その女に夢中で、虎のことなんてどうでもよかったのと。小毬で身の安全も保障されないような状況になれば、小毬を捨ててその女のもとで暮らせばいいと考えていたのと。おそらくはその二つの要因から、卓郎はそんな対応をとったんだと思う。

 怠慢の報いは、卓郎にとって最悪の形で返ってきた。彼は虎に食い殺されたの。夜寝ているところを、実の娘である今宮南那の目の前でね。
 私は泣いた。喪って初めて、卓郎は夢を叶えるための単なる踏み台じゃなくて、心から愛していたんだって気がついた。

 卓郎亡きあと、地区長が不在の期間が一年近く続いた末に、選挙が行われて私が地区長に選出された。
 なぜ空白期間があったかというと、地区長代理の座に就いた人が、就任間もなく虎に殺されてしまって。その後も、地区長候補に挙げられた人が続けざまに襲われて帰らぬ人となって、「中後保の生まれ変わりである虎は、恨みを抱いている小毬の住人の代表者である地区長や、その候補に挙げられた人物を優先的に襲っているのではないか」という噂が立って、選挙自体が行われなかったの。
 だけどやっぱり、責任をもってリーダーシップを発揮する人間がいたほうが望ましいということで、選挙が行われて私が選ばれた。一にも二にも虎対策、可能な限り早期に人食い虎を退治することをマニュフェストとして掲げたのが勝因だったんじゃないかな。
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