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咲子の過去③
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卓郎との関係を秘密裏に続けながら、今時珍しく小毬愛にあふれる若者として小毬のために働きつづける。そんな日々を送る中で、私と卓郎のあいだに今宮南那が生まれた。
妊娠が発覚したときは驚いたけど、別に慌てたりはしなかった。避妊せずにセックスをすることも頻繁にあったから、いずれこんなことも起きるかもしれないと覚悟していたし、上手く立ち回りさえすれば、地区長を目指すにあたっての障害にはならないって考えていたから。
ただ、私と卓郎の関係は住人たちには秘密にしていたから、生まれた赤ん坊を母親のもとで堂々と育てるわけにはいかない。卓郎のもう一人の愛人である、吉行という竹細工職人のもとに預けて、南那の母親代わりになってもらって、それで子どもの問題は片づいた。ちなみにその吉行っていう女は、ケンさんの実の姉なんだけど。
実の娘ではないから、心からの愛情は抱けなかったんだろうね。吉行が厳しく、突き放すように育てたものだから、真一もよく知っているとおり、あまり感情を出さない人間に南那はなった。のみならず、ケンさんの無口なところまで似ちゃったから、より陰気になって。吉行やケンさんがやっているのを見て、遊び半分で始めた竹細工が、今では収入を得るまでになったという意味では、吉行に預けたのは間違いではなかったのかもしれないけど。
十歳になったのを機に、卓郎は南那を養子として引き取ることに決めた。吉行が大病を患って、町の病院に入院して、軽度の知的障害があるケンさん一人では育てるのが難しかったからね。
卓郎の愛人になって、子どもが生まれて、娘を養育する人間が変更になっても、私がやることは変わらない。地区長になるという野心をひた隠しながら、住人の好感度が上がるような言行を愚直に重ねていくだけ。
中後保と交流を持ったのも、地区長の座を手にするための作戦の一環だった。
中後は作家志望の文学青年で、働かずに家にこもって、夢を叶えるための努力していた。こういう人間は、保守的な小毬の住人からの受けがむちゃくちゃ悪いんだけど、中後保も当然のように白眼視されていた。隣町で働いている中後の両親は、息子の生きかたに一定の理解を示していたみたいだけど、「町で働く」という選択をした人間と地区に留まりつづける人間とでは、考えかたが根本的に違うからね。みんなとは違う行動をとるだけで、悪事を働いているも同然と見なされてしまう。犯罪に手を染めていなかろうが、ご近所トラブルもなく平穏に暮らしていようがね。
「ご近所トラブルもなく」と言ったけど、周りの人間は中後に冷たく振る舞うものだから、彼らに対する中後の感情は次第に悪化して、両者のあいだでたびたび悶着が起きるようになった。道を歩いている中後を見かけた住人たちはひそひそ話をする。それを見た中後が「僕の悪口を言っているだろう」と詰め寄る。住人たちは白々しい態度でそれを否定する。かっとなった中後が住人に掴みかかる……。
冷静に眺めてみるとくだらないけど、被害者からすればたまったものではないし、加害者からすれば悪事を働いている自覚がないから、くだらない行為をやめることは絶対にない。そうするうちに、中後が住人との口論の末に相手を突き飛ばして怪我を負わせる、なんて事件もあった。それに対する報復ということなんだろうね、翌日に中後家の庭がめちゃくちゃに荒らされた。緊張は日に日に高まって、いつ最悪の事態が起きてもおかしくなかった。
妊娠が発覚したときは驚いたけど、別に慌てたりはしなかった。避妊せずにセックスをすることも頻繁にあったから、いずれこんなことも起きるかもしれないと覚悟していたし、上手く立ち回りさえすれば、地区長を目指すにあたっての障害にはならないって考えていたから。
ただ、私と卓郎の関係は住人たちには秘密にしていたから、生まれた赤ん坊を母親のもとで堂々と育てるわけにはいかない。卓郎のもう一人の愛人である、吉行という竹細工職人のもとに預けて、南那の母親代わりになってもらって、それで子どもの問題は片づいた。ちなみにその吉行っていう女は、ケンさんの実の姉なんだけど。
実の娘ではないから、心からの愛情は抱けなかったんだろうね。吉行が厳しく、突き放すように育てたものだから、真一もよく知っているとおり、あまり感情を出さない人間に南那はなった。のみならず、ケンさんの無口なところまで似ちゃったから、より陰気になって。吉行やケンさんがやっているのを見て、遊び半分で始めた竹細工が、今では収入を得るまでになったという意味では、吉行に預けたのは間違いではなかったのかもしれないけど。
十歳になったのを機に、卓郎は南那を養子として引き取ることに決めた。吉行が大病を患って、町の病院に入院して、軽度の知的障害があるケンさん一人では育てるのが難しかったからね。
卓郎の愛人になって、子どもが生まれて、娘を養育する人間が変更になっても、私がやることは変わらない。地区長になるという野心をひた隠しながら、住人の好感度が上がるような言行を愚直に重ねていくだけ。
中後保と交流を持ったのも、地区長の座を手にするための作戦の一環だった。
中後は作家志望の文学青年で、働かずに家にこもって、夢を叶えるための努力していた。こういう人間は、保守的な小毬の住人からの受けがむちゃくちゃ悪いんだけど、中後保も当然のように白眼視されていた。隣町で働いている中後の両親は、息子の生きかたに一定の理解を示していたみたいだけど、「町で働く」という選択をした人間と地区に留まりつづける人間とでは、考えかたが根本的に違うからね。みんなとは違う行動をとるだけで、悪事を働いているも同然と見なされてしまう。犯罪に手を染めていなかろうが、ご近所トラブルもなく平穏に暮らしていようがね。
「ご近所トラブルもなく」と言ったけど、周りの人間は中後に冷たく振る舞うものだから、彼らに対する中後の感情は次第に悪化して、両者のあいだでたびたび悶着が起きるようになった。道を歩いている中後を見かけた住人たちはひそひそ話をする。それを見た中後が「僕の悪口を言っているだろう」と詰め寄る。住人たちは白々しい態度でそれを否定する。かっとなった中後が住人に掴みかかる……。
冷静に眺めてみるとくだらないけど、被害者からすればたまったものではないし、加害者からすれば悪事を働いている自覚がないから、くだらない行為をやめることは絶対にない。そうするうちに、中後が住人との口論の末に相手を突き飛ばして怪我を負わせる、なんて事件もあった。それに対する報復ということなんだろうね、翌日に中後家の庭がめちゃくちゃに荒らされた。緊張は日に日に高まって、いつ最悪の事態が起きてもおかしくなかった。
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