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咲子の過去①
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西島一族はうんと昔から小毬に定住しているらしくて、その歴史はなんと七百年。だからなのか、代々故郷愛、小毬愛が強い人たちが多くて。
私の父親も例外ではなかった。いつも私が着ているような小毬愛あふれるTシャツを夏も冬も着て、農業に従事するかたわら、地区のためのボランティア活動に汗を流して、とにかく小毬のために働いた。温和で人当たりのいい性格で、住人たちからの好感度と信頼度は高かったんじゃないかな。
父親は自分以外の人間にも小毬を愛してほしいと願っている人で、周りのみんなにも、小毬はいいぞ、いいところだぞって、積極的にすすめた。特に家族に対しては布教が熱心で、わたしは幼いころからさんざん小毬の美点を教えられてきた。
いいところと言っても、小さな村の片隅にあるちっぽけな地区だから、自然が豊かとか、空気がきれいとか、田舎ならどこにでも当てはまるような長所しかないんだけど、まあよくもそんなに言葉が出てくるなっていうくらい長々と、熱烈に語るのね。しかもむちゃくちゃ楽しそうに。
なにかについて語る人が笑顔だと、それだけで好感を覚えるし、惹き込まれるでしょ。わたしの場合もそれと同じで、毎日のように小毬愛を聞かされるうちに、だんだん小毬のことが好きになってきて。父親といっしょに集会所に手伝いに行ったりして、年齢のわりに地元愛が強い暮らしを送っていた。
そんな小毬愛あふれる父親の夢は、地区長になること。頭が切れる人ではなかったけど、真面目だし、みんなからの人気はあったから、まあ候補の一人ではあるよねっていう立ち位置だった。
そのライバル、というよりも次期地区長の最有力候補だったのが、今宮南那の父の卓郎。
今宮卓郎は小毬では珍しい大学を出ている人間で、論理的で理知的で、大多数の小毬の住人たちとは一味も二味も違っていた。うちの父親みたいに愛想がいいわけではないけど、みんなからは一目置かれていて、頼りにされていた。住人たちの下馬評だと卓郎に軍配が上がるっていう予想で、父親も焦ってた。当時の地区長は高齢で、病気がちで、いつ地区長選が始まってもおかしくないっていう状況だったの。
父親の焦燥とか、駆け引きとか、工作活動とか、住人たちの評判の変遷とか。いろいろと波乱万丈だったけど、長くなっちゃうから結論を言っちゃうと、私の父親は選挙に負けた。そして、そこから西島家の没落が始まったの。
卓郎が死体蹴りをしたわけじゃないよ。いくらライバルといっても、そんなつまらないことをする人間じゃない。私たちが勝手に不幸になっただけの話だから。
私の父親も例外ではなかった。いつも私が着ているような小毬愛あふれるTシャツを夏も冬も着て、農業に従事するかたわら、地区のためのボランティア活動に汗を流して、とにかく小毬のために働いた。温和で人当たりのいい性格で、住人たちからの好感度と信頼度は高かったんじゃないかな。
父親は自分以外の人間にも小毬を愛してほしいと願っている人で、周りのみんなにも、小毬はいいぞ、いいところだぞって、積極的にすすめた。特に家族に対しては布教が熱心で、わたしは幼いころからさんざん小毬の美点を教えられてきた。
いいところと言っても、小さな村の片隅にあるちっぽけな地区だから、自然が豊かとか、空気がきれいとか、田舎ならどこにでも当てはまるような長所しかないんだけど、まあよくもそんなに言葉が出てくるなっていうくらい長々と、熱烈に語るのね。しかもむちゃくちゃ楽しそうに。
なにかについて語る人が笑顔だと、それだけで好感を覚えるし、惹き込まれるでしょ。わたしの場合もそれと同じで、毎日のように小毬愛を聞かされるうちに、だんだん小毬のことが好きになってきて。父親といっしょに集会所に手伝いに行ったりして、年齢のわりに地元愛が強い暮らしを送っていた。
そんな小毬愛あふれる父親の夢は、地区長になること。頭が切れる人ではなかったけど、真面目だし、みんなからの人気はあったから、まあ候補の一人ではあるよねっていう立ち位置だった。
そのライバル、というよりも次期地区長の最有力候補だったのが、今宮南那の父の卓郎。
今宮卓郎は小毬では珍しい大学を出ている人間で、論理的で理知的で、大多数の小毬の住人たちとは一味も二味も違っていた。うちの父親みたいに愛想がいいわけではないけど、みんなからは一目置かれていて、頼りにされていた。住人たちの下馬評だと卓郎に軍配が上がるっていう予想で、父親も焦ってた。当時の地区長は高齢で、病気がちで、いつ地区長選が始まってもおかしくないっていう状況だったの。
父親の焦燥とか、駆け引きとか、工作活動とか、住人たちの評判の変遷とか。いろいろと波乱万丈だったけど、長くなっちゃうから結論を言っちゃうと、私の父親は選挙に負けた。そして、そこから西島家の没落が始まったの。
卓郎が死体蹴りをしたわけじゃないよ。いくらライバルといっても、そんなつまらないことをする人間じゃない。私たちが勝手に不幸になっただけの話だから。
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