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アルコール
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咲子は何本もの缶ビールを胸に抱えて戻ってきた。
さっそくタブを開け、喉を鳴らして一気飲みし、大きく息を吐く。酒臭い吐息は真一のもとまで届き、アルコール類を嗜まない彼を軽く怯ませた。早くも酔いが回ったような緩んだ顔でケーキを食べるようすすめ、自らもフォークを手にする。チョコレートケーキはチョコレートが甘さ控えながらも濃厚な味わいで、合格点の味だ。
二人は会話しながら皿の上のものを食べ進める。他愛もない世間話。雰囲気はぎこちなくも気まずくもないが、咲子がビールをあおるたびに、彼は軽く身構えずにはいられなかった。
「お坊さんってお酒は飲まないの? 仏教の教義的にはどうなってるんだっけ。信者ではない人間は別にいいよね? まあ、葬式はばりばり仏式だけど」
咲子の口調はしっかりとしているが、瞳はとろけはじめている。真一は紅茶を一口飲んでから、
「宗派や個人によって考えかたは様々ですね。節制を重んじる宗教ではあるので、アルコール類は断っているかたが多いと思います。私は体質的にあまり飲めないのですが、飲めるのだとしても遠ざけていたと思いますね。力を使うさいに支障が出そうですし」
どうして急にそんな質問を? そう目で問いかけると、咲子は手にしていた一本を豪快にあおってから、
「身の破滅に繋がりそうなものは遠ざける、か。あなたもそれと同じだよね」
「……どういう意味でしょう」
「とぼけないで。真一くん、私のこと、いつまで経っても他人みたいに接するでしょ。こっちは『沖野さん』から『真一くん』呼びにしたのに、真一くんはいつまで経っても堅苦しい口調のままじゃない。『西島さん』から『咲子さん』に変わっても、実質的には変わっていないようなものっていうか」
「気にされていたんですね。……すみません。老若男女分け隔てなく、敬意をもって接するのを信条としているので、ついそのような口調になってしまうんです。敬意は口調以外でも表現できるという意見はもっともなのですが、やはり癖というのは――」
「だから、そういうのが嫌なんだって」
咲子は大声で遮ると、手づかみでチョコレートケーキを口に運んだ。大きな塊を押し込む形となったため、唇を縁取るようにチョコレートクリームが付着している。手の汚れをソファの座面で拭き、缶を掴む。とたんに虚をつかれたような表情になり、舌打ちをして缶に床へ投げ捨てる。いかにも体が重たそうに立ち上がり、
「追加のビール、持ってくる」
どこかたどたどしい発声で告げて、覚束ない足取りで応接間を出て行った。
さっそくタブを開け、喉を鳴らして一気飲みし、大きく息を吐く。酒臭い吐息は真一のもとまで届き、アルコール類を嗜まない彼を軽く怯ませた。早くも酔いが回ったような緩んだ顔でケーキを食べるようすすめ、自らもフォークを手にする。チョコレートケーキはチョコレートが甘さ控えながらも濃厚な味わいで、合格点の味だ。
二人は会話しながら皿の上のものを食べ進める。他愛もない世間話。雰囲気はぎこちなくも気まずくもないが、咲子がビールをあおるたびに、彼は軽く身構えずにはいられなかった。
「お坊さんってお酒は飲まないの? 仏教の教義的にはどうなってるんだっけ。信者ではない人間は別にいいよね? まあ、葬式はばりばり仏式だけど」
咲子の口調はしっかりとしているが、瞳はとろけはじめている。真一は紅茶を一口飲んでから、
「宗派や個人によって考えかたは様々ですね。節制を重んじる宗教ではあるので、アルコール類は断っているかたが多いと思います。私は体質的にあまり飲めないのですが、飲めるのだとしても遠ざけていたと思いますね。力を使うさいに支障が出そうですし」
どうして急にそんな質問を? そう目で問いかけると、咲子は手にしていた一本を豪快にあおってから、
「身の破滅に繋がりそうなものは遠ざける、か。あなたもそれと同じだよね」
「……どういう意味でしょう」
「とぼけないで。真一くん、私のこと、いつまで経っても他人みたいに接するでしょ。こっちは『沖野さん』から『真一くん』呼びにしたのに、真一くんはいつまで経っても堅苦しい口調のままじゃない。『西島さん』から『咲子さん』に変わっても、実質的には変わっていないようなものっていうか」
「気にされていたんですね。……すみません。老若男女分け隔てなく、敬意をもって接するのを信条としているので、ついそのような口調になってしまうんです。敬意は口調以外でも表現できるという意見はもっともなのですが、やはり癖というのは――」
「だから、そういうのが嫌なんだって」
咲子は大声で遮ると、手づかみでチョコレートケーキを口に運んだ。大きな塊を押し込む形となったため、唇を縁取るようにチョコレートクリームが付着している。手の汚れをソファの座面で拭き、缶を掴む。とたんに虚をつかれたような表情になり、舌打ちをして缶に床へ投げ捨てる。いかにも体が重たそうに立ち上がり、
「追加のビール、持ってくる」
どこかたどたどしい発声で告げて、覚束ない足取りで応接間を出て行った。
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