少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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中後保の過去④

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 しかしなんの因果か、肉体が死んだあとも僕の意識は消えなかった。ただ、体を動かそうと思っても動かない。そんな生きているようで死んでいる、死んでいるようで生きている、中途半端な存在に成り下がってしまった。

 僕はやがて、住人たちの手によって竹林の中へと運ばれた。自殺に追い込んだ経緯が経緯だけに、警察や消防に馬鹿正直に事実を報告するわけにはいかなかったんだろう。誰も容易にたどり着けない場所に僕の死体を放置して、野生の動物に食わせることにしたらしい。

 竹林の湿った地面に落とされたとたん、僕は意識を失った。そして、目覚めたときには虎に生まれ変わっていた。
 あのときの感覚は、名状しがたい、不可思議極まりないものだったよ。なにせ目覚めた瞬間に、「あっ、僕、虎になっている」っていう自覚が芽生えたからね。目の前に鏡があるわけでもないのに、なぜか分かったんだよ。

 数メートル先に水たまりを見つけたから、徒歩で移動して水面を覗き込むと、一頭の虎が僕を見返した。動物図鑑や動物園でさんざん見たような、なんの変哲もない虎の顔だ。試しに小さく吠えてみると、僕の意思に忠実に口が開いて、白い牙と桃色の舌が覗いて、音量は控えめながらも、虎以外のなにものでもない声が「がおー」と鳴いた。そういえば、倒れている地点から水たまりまで移動するさいに、僕は四足歩行をしたのだったと思い出した。その瞬間に僕は、自分が虎になったことを百二十パーセント認めたのだよ。

 虎になったばかりのころは、人間はもういいやっていう感じだったね。あいつらとは金輪際関わり合いたくない、なるべく距離を置きたい、そう強く思った。必然に、生活圏は竹林の中に限られた。
 食料は、案外なんとかなるものだぜ。イノシシやシカなんかの大型の動物もいるし、虎は身体能力が高いからね。四足歩行で駆けることも、牙と爪による攻撃がメインになることも、たしかに最初は違和感があったけど、そうはいっても自分の体だから、使っているうちにすぐに慣れた。

 とまあ、幸いにも食生活には苦労しなかったんだけど、精神面では話が別だ。なんでなんだろうな。孤独という意味では同じなのに、陰口を叩いたり白眼視したりする人間はいなくなったはずなのに、惨めな思いが拭えない。

 もやもやしながら虎としての人生を送っているうちに、だんだん小毬の住人たちへの憎しみが甦ってきた。
 僕はやつらに婉曲なやりかたで殺されたようなものだ。だったら、復讐するべきなんじゃないか? せっかく、強くて、速くて、たくましい、虎の体を得たのだから。虎としての平穏な暮らしを捨ててでも、その道を突き進む価値はきっとあるはずだ。
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