少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

文字の大きさ
上 下
83 / 120

中後保の過去③

しおりを挟む
 しかしそんな僕に、優しい言葉をかけてくれる人間が現れた。
 ……などと言うと、沖野真一、お前は今宮南那のことを言っているのだと早合点したんじゃないか? 無理もないとは思うが、残念ながら違う。

 今宮南那は僕の陰口を言わなかったし、白眼視もしなかったが、能動的に僕を助けるような真似はしなかった。ありがたいという思いはたしかにあったし、僕も道で今宮南那とすれ違うさいなどは、ほほ笑みかけてあいさつをするとか、他の住人どもには絶対にやらない態度をとった。
 しかし、しょせんはそれまでのこと。物珍しい人間もいるものだという感想は持ったが、強烈な好意を抱いたとか、救いの女神だと見なしたとか、そういったことはいっさいなかった。沖野真一もよくご存じのとおり、今宮南那は不愛想な女だから、掻き立てられるものがなかったのだよ。

 しかし、その女は今宮南那とは違った。あちらからあいさつしてくれる。ほほ笑みかけてくれる。一言でいえば、愛想がいい。愛想がいい人間なら小毬にはあふれるほどいるが、鼻つまみ者の僕にも愛想よく接してくれるのは彼女だけだった。
 その女の名前は、西島咲子という。

 虎になってから今宮南那から聞いたことだが、西島咲子は次期地区長の座を狙っていたらしい。ようするに選挙活動の一環として、孤立した存在である僕に優しく接していたわけだ。
 しかし、当時の僕はまだ二十歳になったばかりの若造。まともな恋愛をした経験がなかったゆえに、のぼせ上がった。西島咲子の腹の内など知りもしないで惚れ込んで、尻を追いかけ回した。しかし、同じ地区の仲間以上の態度では接してくれず、憤りや不平不満といった感情を募らせ、さらなるストレスをため込む。小説執筆も読書も放り出して、一人の女のことばかり考え、行動する日々が流れた。

 我慢の限界を迎えた僕は、とうとう行動を起こした。白昼堂々、西島家に不法侵入して西島咲子を襲ったのだ。
 結果はというと、挿入寸前までいったものの、逃げられた。

 気が動転した僕は自宅へと逃げ帰り、原稿用紙が散乱する自室にこもって真冬のように震えた。犯行を決行したのは、今日みたいにうだるように暑い日だったんだけどな。
 ただただ震えているうちに、住人たちが僕の家までやって来て乱暴に戸を叩いた。何十人もの人間が集っているらしい。コミュニティの秩序を乱した罰として僕をリンチするというわけだ。
 この文明社会でそんな野蛮なことが起きるわけがない――よそ者の沖野真一はそう思っているかもしれないが、起こるんだよ。可能性としては充分にあり得る。小毬の連中は掟を破った者には容赦しないからね。

 リンチされても殺されるとは限らないのは分かっていたが、将来に希望を持てなかった僕は、包丁を使ってひと思いに頸動脈を切り裂いた。享年二十歳。我ながら呆気ない死だったよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断末魔の残り香

焼魚圭
ホラー
 ある私立大学生の鳴見春斗(なるみはると)。  一回生も終わろうとしていたその冬に友だちの小浜秋男(おばまあきお)に連れられて秋男の友だちであり車の運転が出来る同い歳の女性、波佐見冬子(はさみとうこ)と三人で心霊スポットを巡る話である。 ※本作品は「アルファポリス」、「カクヨム」、「ノベルアップ+」「pixiv」にも掲載しています。

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

短い怖い話 (怖い話、ホラー、短編集)

本野汐梨 Honno Siori
ホラー
 あなたの身近にも訪れるかもしれない恐怖を集めました。 全て一話完結ですのでどこから読んでもらっても構いません。 短くて詳しい概要がよくわからないと思われるかもしれません。しかし、その分、なぜ本文の様な恐怖の事象が起こったのか、あなた自身で考えてみてください。 たくさんの短いお話の中から、是非お気に入りの恐怖を見つけてください。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ジャクタ様と四十九人の生贄

はじめアキラ
ホラー
「知らなくても無理ないね。大人の間じゃ結構大騒ぎになってるの。……なんかね、禁域に入った馬鹿がいて、何かとんでもないことをやらかしてくれたんじゃないかって」  T県T群尺汰村。  人口数百人程度のこののどかな村で、事件が発生した。禁域とされている移転前の尺汰村、通称・旧尺汰村に東京から来た動画配信者たちが踏込んで、不自然な死に方をしたというのだ。  怯える大人達、不安がる子供達。  やがて恐れていたことが現実になる。村の守り神である“ジャクタ様”を祀る御堂家が、目覚めてしまったジャクタ様を封印するための儀式を始めたのだ。  結界に閉ざされた村で、必要な生贄は四十九人。怪物が放たれた箱庭の中、四十九人が死ぬまで惨劇は終わらない。  尺汰村分校に通う女子高校生の平塚花林と、男子小学生の弟・平塚亜林もまた、その儀式に巻き込まれることになり……。

それ、しってるよ。

eden
ホラー
それ、しってるよ――――。 高校2年生の山下未子(やました みこ)は、人の心を読むことができる。 その力をコントロールすることができないでいる未子は、できるだけ人と関わらないことで自分を守っていた。 何度となく転校を繰り返してきた未子は、新たな学校で、未子の力で心を読むことができない生徒――天城璃星(あまき りせ)に出会う。 璃星の周辺で不可解な事件が起きることに気付いた未子は、璃星の秘密に迫ることになって――? 秘密を暴くことは、秘密を握られること。 事実は記憶の中に、真実は心の中に。

視える僕らのルームシェア

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

となりの音鳴さん

翠山都
ホラー
 新たに引っ越してきたコーポ強井の隣室、四〇四号室には音鳴さんという女性が住んでいる。背が高くて痩身で、存在感のあまりない、名前とは真逆な印象のもの静かな女性だ。これまでご近所トラブルに散々悩まされてきた私は、お隣に住むのがそんな女性だったことで安心していた。  けれども、その部屋に住み続けるうちに、お隣さんの意外な一面が色々と見えてきて……?  私とお隣さんとの交流を描くご近所イヤミス風ホラー。

処理中です...