少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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鎮虎祭

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「ちんこ祭……?」

 ブレーキをかけていない、素っ頓狂な声が真一の口から飛び出した。
 二人は竹林を目指し、肩を並べて通りを歩いている。十一時を回った現在は照りつける日射しが殺人的で、それが屋外に人がいない原因の全てであるかのようだ。

「読みかたはそれで合っていますね。もちろんふざけているわけではなくて、ちゃんとした漢字が宛がわれています。虎を、鎮める、祭り。それで鎮虎祭ですね」

 八月の直射日光が厳しかろうが、隠しごとが露見したばかりだろうが、南那の淡々としていて沈着冷静な物言いに変化はない。

『俺がノートの話をするまで、南那ちゃんは咲子さんと二人で話していたけど、なにを話していたの?』
 今宮家を出て早々に真一が投げかけたそんな問いかけに、彼女は「鎮虎祭の話をしていた」と答えたのだ。

「虎を鎮めるといっても、鎮虎祭が想定している『虎』は、『人間に災厄をもたらす存在』という意味らしいですよ。自然災害、疫病、クマなどの害獣……。そういったものを総称して『虎』と呼ぶそうです」
「へえ、そうだったんだ。虎を鎮めるなんて言うから、えらくピンポイントな祭りもあるんだなって思ったけど、そういうことなんだね。それにしても南那ちゃん、ずいぶん詳しいみたいだけど」
「全て地区長から教えられました。小毬には実がこんな祭りがあって、純潔な少女の参加が必要不可欠だ、該当する住人はあなたくらいしかいないからぜひ参加してくれ、と。過去に鎮虎祭という祭りが催されたことがある、という話は、地区長から聞かされる前にも何回か聞いたことがあるので、即興で創り出した架空の祭りではないと思います。あのかたは、そういう子ども騙しの嘘をつく人ではありませんし」

 真一さんとは違って。そんな冷ややかな一言が聞こえた気がした。

「地区長は、真一さんの術の効果が発動する当日、つまり明日ですね。何十年かぶりに鎮虎祭を執り行うので、生贄としてわたしに祭りに参加してほしい、と要請してきました。生贄といっても、実際に人間を殺して捧げていたのは室町時代まで。わたしは殺されたふりをして、祭りが終わるまでじっとしていればいいそうです」
「鎮虎祭は災厄を鎮めるための祭りだから、中後保の生まれ変わりの人食い虎を鎮めるため、ということだよね?」
「はい。地区長もそう明言していました。『人食い虎を鎮めるために開くつもりだ』と」
「話をまとめると……。咲子さんは俺が術をかけたことを知っている。そして、祭りの開催予定日は術が発動する予定日と同日。つまり、術の発動まで虎に大人しくしてもらうために『鎮虎祭』を開く、という認識でいいのかな」
「おそらくそうだと思います。こちらに関しては明言していませんでしたが、真一さんがおっしゃった解釈が最も自然ですから」
「だよね。きっとそれが正解だ。でも、たとえば今日じゃなくて、明日を開催日に設定したのはどうしてなんだろうね。鎮虎祭の効果は一日や二日で切れるものではないんでしょ? 早ければ早いほどよくない?」
「準備が必要だと言っていました。最速が明日の夜、ということなのだと思います」

 真一はうなずく。

 咲子の言い分に不自然なところはどこもないと感じる。それなのに、なぜだろう、一抹の不安にも似た違和感を拭い去れないのは。
 鎮虎祭の話が急に出たから、なのだろうか? 違うとすれば、あるいは――。
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