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南那の過去③
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「熱が入った分話が長引いてしまったけど、虎は黙って、その場でじっとしていた。だから、ちゃんと聞いてくれていたんだって分かった。やっぱり虎は元人間で、中後保さんが生まれ変わった姿なんだって思った。
わたしの認識が正しいと証明してみせるように、中後さんはしゃべり出した。
『いかにも、僕は中後保の生まれ変わりだ。お前のことは覚えてる。温かい言葉をかけてもらった記憶はないが、僕を悪しざまに言うことも、避けるような真似をすることもなかった、希少な人間の一人だったと記憶している。獣の姿になって以来、理性の力も弱くなってしまったが、それでも僕は元人間。僕の役に立ちそうだったり、同情に値したりする人間は助けてやりたい、見逃してやろうと思う心はしっかりと持っている。
僕の話を聞いてくれるんだな? 食料も定期的に持ってきてくれるんだな? だったら、殺さないでおいてやる。生きて僕に貢献するんだ。
今後小毬を襲うときも、お前だけは殺さないようにする。なんなら、お前が殺してほしいと願う人間がいるなら、襲撃のさいに優先的に襲うようにしてやってもいい。絶対にそいつを殺すと確約はできないし、ヒートアップしたらなけなしの理性も吹っ飛んでしまって、もしかしたら、約束を交わしたお前にさえも牙を剥くかもしれない。それでも構わないか?』
わたしは快くうなずいて、取引が成立したの」
にわかには信じがたいが、南那の語り口はいたって真剣。真実を語っているのは疑いようがない。
「中後さんは、二重の意味でわたしの命の恩人。肉を調達できなかった日でも寛大に赦してくれたり、逆にわたしの愚痴を聞いてくれたりと、お兄さんみたいな優しさも併せ持っている。だから、彼に縛られた生活は全然苦じゃない。肉を買うために一日中仕事に勤しむのも、毎日人目を盗んで彼のもとまで行くのも、大変ではあるけどこなせる。耐えられる。
中後さんと小毬の住人たちのどちらが勝つのか……。わたしには未来を見通す力なんてないけど、中後さんに勝ってほしいと願っている。逆に住人たちから殺されてしまったら、泣くことはないけど悲しむとは思う。
虎とわたしとの関係についての説明は、以上だよ。なにか質問があるなら答えるから、どうぞ」
真一は沈黙する。曖昧だった情報を整理し、理解に努めるのに頭を費やした。
「一つだけ確認させて。なんとなくそうじゃないかって思ったから訊くんだけど……。もしかして、俺の力が偽物だって気づいてる?」
「はい。中後さんからリークされて」
たしかに、虎には早い段階で虎退治の力が嘘だと明かしていた。翌日にその事実を南那に教えたとすると、三日目から早くも真一を偽者の救世主と認定し、そのうえで付き合っていたことになる。
感情が表出しにくく、自分から話題を振らないという特性のせいで、まったく気がつかなかった。
「お互いに秘密がばれちゃったね。できるものなら秘密のままにしておきたかった秘密が」
真一は薄ら笑いを浮かべながら言った。
「そうですね。感情は大きくは揺れませんでしたけど」
一方の南那は、彼女らしくあくまでも淡々と応じる。「それは君だからこそじゃないか」と言ってやりたくなったが、自分の心に向き合ってみると、なるほど南那の言うとおりだと思ったので、口にはしないでおくことにする。
そして、己が生き残る道について考える。
中後保の生まれ変わりである存在の虎は、南那に好意を持っている。話を聞く限りそれは明らかだ。ならば南那に頼んで、真一を解放するように頼み込んではもらう、という手はどうだろうか。
問題は、南那にとって真一が、多少なりとも危険を冒すに値する人間だと認識されているか否かだが――。
「南那ちゃん、二人で虎のもとへ行かない? 虎に伝えたいことがあるんだ。南那ちゃんがいっしょのほうが上手くいくと思うから、付き添ってもらうと助かる」
南那はこともなげに首を縦に振り、グラスに口をつけた。
わたしの認識が正しいと証明してみせるように、中後さんはしゃべり出した。
『いかにも、僕は中後保の生まれ変わりだ。お前のことは覚えてる。温かい言葉をかけてもらった記憶はないが、僕を悪しざまに言うことも、避けるような真似をすることもなかった、希少な人間の一人だったと記憶している。獣の姿になって以来、理性の力も弱くなってしまったが、それでも僕は元人間。僕の役に立ちそうだったり、同情に値したりする人間は助けてやりたい、見逃してやろうと思う心はしっかりと持っている。
僕の話を聞いてくれるんだな? 食料も定期的に持ってきてくれるんだな? だったら、殺さないでおいてやる。生きて僕に貢献するんだ。
今後小毬を襲うときも、お前だけは殺さないようにする。なんなら、お前が殺してほしいと願う人間がいるなら、襲撃のさいに優先的に襲うようにしてやってもいい。絶対にそいつを殺すと確約はできないし、ヒートアップしたらなけなしの理性も吹っ飛んでしまって、もしかしたら、約束を交わしたお前にさえも牙を剥くかもしれない。それでも構わないか?』
わたしは快くうなずいて、取引が成立したの」
にわかには信じがたいが、南那の語り口はいたって真剣。真実を語っているのは疑いようがない。
「中後さんは、二重の意味でわたしの命の恩人。肉を調達できなかった日でも寛大に赦してくれたり、逆にわたしの愚痴を聞いてくれたりと、お兄さんみたいな優しさも併せ持っている。だから、彼に縛られた生活は全然苦じゃない。肉を買うために一日中仕事に勤しむのも、毎日人目を盗んで彼のもとまで行くのも、大変ではあるけどこなせる。耐えられる。
中後さんと小毬の住人たちのどちらが勝つのか……。わたしには未来を見通す力なんてないけど、中後さんに勝ってほしいと願っている。逆に住人たちから殺されてしまったら、泣くことはないけど悲しむとは思う。
虎とわたしとの関係についての説明は、以上だよ。なにか質問があるなら答えるから、どうぞ」
真一は沈黙する。曖昧だった情報を整理し、理解に努めるのに頭を費やした。
「一つだけ確認させて。なんとなくそうじゃないかって思ったから訊くんだけど……。もしかして、俺の力が偽物だって気づいてる?」
「はい。中後さんからリークされて」
たしかに、虎には早い段階で虎退治の力が嘘だと明かしていた。翌日にその事実を南那に教えたとすると、三日目から早くも真一を偽者の救世主と認定し、そのうえで付き合っていたことになる。
感情が表出しにくく、自分から話題を振らないという特性のせいで、まったく気がつかなかった。
「お互いに秘密がばれちゃったね。できるものなら秘密のままにしておきたかった秘密が」
真一は薄ら笑いを浮かべながら言った。
「そうですね。感情は大きくは揺れませんでしたけど」
一方の南那は、彼女らしくあくまでも淡々と応じる。「それは君だからこそじゃないか」と言ってやりたくなったが、自分の心に向き合ってみると、なるほど南那の言うとおりだと思ったので、口にはしないでおくことにする。
そして、己が生き残る道について考える。
中後保の生まれ変わりである存在の虎は、南那に好意を持っている。話を聞く限りそれは明らかだ。ならば南那に頼んで、真一を解放するように頼み込んではもらう、という手はどうだろうか。
問題は、南那にとって真一が、多少なりとも危険を冒すに値する人間だと認識されているか否かだが――。
「南那ちゃん、二人で虎のもとへ行かない? 虎に伝えたいことがあるんだ。南那ちゃんがいっしょのほうが上手くいくと思うから、付き添ってもらうと助かる」
南那はこともなげに首を縦に振り、グラスに口をつけた。
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