少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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南那の過去②

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「あれ? 父親は、虎と取引をして殺してもらったんじゃなかったの?」
「ううん、噂は嘘。でも、全てが間違っているわけじゃない。わたしが虎と取引をしたのはまぎれもない事実だから。
 虎は一人殺しただけでは飽き足らなかった。父親の美味しいところだけを食べると、廊下で震えているわたしへと歩み寄ってきた。
 このままだと殺されてしまう。だけど、死にたくない。父親からの酷い仕打ちにも耐えられていたのは、どんなに痛くても、つらくても、死ぬ心配がなかったからだったんだって、そのとき初めて気がついた。
 わたしは非科学的なことは信じない質なのだけど、人食い虎が中後保さんの生まれ変わりで、人語をしゃべると噂されていることは、情報として得ていた。死にたくないわたしは、虎に訴えた。

『あなたは中後保さんなんでしょ? わたし、あなたのことは知ってる。あなたが内向的な性格で、他人と関わり合わない生活を送っているせいで、住人たちから白い目で見られていたことも。それが原因でトラブルになって、ますます追い込まれて、挙げ句の果てに自殺してしまったことも。
 わたしも同じだよ。不幸という意味ではいっしょ。あなたがついさっき殺したばかりの人から、日常的に虐待を受けていたの。人格的にも優秀な地区長としてみんなには認識されているから、誰も父親がわたしを虐待しているとは信じないだろうと思うと、助けを求められなくて。暴言と暴力が痛くて、怖くて、反抗できなくて。ずっとずっと苦しんでいたから、父親を殺してくれたあなたには感謝してる。
 あなたは生前、人間だったころに溜め込んできた住人たちへの恨みを晴らすために、こうして住人たちを襲っては食い殺しているんだよね。でも、感情的になって暴れ回るだけだと、いつ足元をすくわれるか分からない。だからまずは、憎悪の念をわたし相手に吐き出してみて。殺すのをやめてほしい、なんて言うつもりはないよ。わたしだって、わたしを助けてくれない住人のみんなには、よい感情は持っていないし。吐き出せるものは先に吐き出しておいてから、沈着冷静に殺せばいい。人間が殺す頻度が低下したことでごはんの量が減るのなら、わたしが肉を調達してきてあげる。
 だから、わたしを殺さないで』

 ……今のわたしの言葉だから、一言一句正確ではないけど、そういう意味のことを虎に、中後さんに言ったの」

 当時の自分の発言をなぞっているときの南那の声には、広い意味での力がこもっていた。声の質自体は変化していないし、抑揚のつけかたも普段と代り映えしなかったが、それでも「力がこもっている」と感じた。
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