少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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日記

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 日記だ。虎との対話の模様を含む、自身の昨日一日の体験について簡潔につづった、日記。
 嘘を書いた? その可能性も完全には否定できないが、無駄を省いた淡々とした記述はいかにも南那らしくて、本物くさく感じられる。

 それが最新の日記だった。遡っていくうちに、真一が小毬に来た当日の日記にたどり着いた。そこにつづられていた文章を見て、彼はたまらない気持ちになった。

『虎を退治する力? たぶん、嘘だ。根拠というほどのものはまだ得ていないけど、そんな気がする。
 ずっとずっと、今日のような生活が続くのだろう。』

 明らかに、現状に不満を持っている人間の言葉だ。
 声でも、表情でも、しぐさでも、感情をめったに表明しない少女の本心が、まさか文章から見え透くとは。

 南那は虎と交流を持っている。一方で、その現状に不満を抱いてもいる。
 ということは、つまり、虎に脅された結果生まれた交流?
 構図だけ見れば、真一とまったく同じだ。
 噂によると、南那は虎に依頼して、不仲だった父親を殺させたらしい。その代償として、毎日食料を持ってこさせられたり、咲子たちの動きを報告させたりする義務を負わされたのだろうか?

 日記は嘘かもしれないし、噂はでたらめかもしれない。明日にも住人からリンチされて殺されるかもしれないという状況下で、不確かなものは極力抱え込みたくない。

 ノートを閉ざす。引き出しには戻さずに、引き出しを閉める。ノートを南那の目の届かない場所に戻してしまうと、日記を見なかったことにして、また逃げてしまいそうだったから。

 怖いだとか、ためらいを覚えるだとか、もはや悠長なことは言っていられない。
 自分の命のためなら、利益のためなら、手段は選ばない。それが沖野真一という男だろう?


 * * *

 
「南那ちゃん、おかえりなさい」

 帰宅した南那を、沓脱のすぐ真上から真一は出迎えた。この行動をとったのは、同居を始めて六日目の今日が初めてだ。
 感情が表出しないレベルではあっても、やはり驚きはあったらしく、南那は二秒ほど間を置いてから「ただいま」と応答した。靴を脱いで上がろうとしたところに、真一は無言でノートを突きつける。南那の顔に、今度は明確に驚きの色が浮かんだ。

「ごめんね。君が不在の隙にノートを見つけて、中身を見たよ。――南那ちゃんは虎と交流を持っているんだね? 文章中にあった『中後保』というのは、虎に生まれ変わったとされる自殺した青年の名前だから、たぶんそういうことだと思うんだけど」

 間があった。沈黙して逃げるか。逃げ場はないと開き直るか。どちらもありえそうに思えて、緊張しながら返事を待ち構える。

「そうです。私は虎と毎日会話する機会を持っています」

 やがて南那はそう答えた。さばさばとした口調だ。

「露見した以上は仕方ないので、ありのままの真実を話します。というよりも、話したいのが本心だったのかもしれませんね。なにがなんでも真実を隠し通したいのだったら、鍵のない引き出しにはしまっておかないでしょうし」
「……南那ちゃん」
「話す場所は家の中で構いませんか? 地区長とは歩きながら話をしたので、喉が渇いたんです。いつも食事をするときみたいに卓袱台を囲んで、冷たいお茶でも飲みながらゆっくり話しましょう。……そう長くはかからない気もしますが」
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