少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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 訪問者は朝にやってきた。慎ましやかだが、中にいる人間にはしっかりと伝わる音量と音質で玄関の木戸が叩かれることで、その報告は行われた。

 今宮家をアポなしで何者かが訪れるのは久しぶりということもあり、真一は軽い困惑と中程度の警戒心を抱いた。両者の感情を同時に覚えた人間はたいていそうなるように、体がフリーズした。
 一方、動揺はかけらも覚えなかったらしい南那は、落ち着き払った所作で作りかけのバスケットを作業机に置き、急がない足取りで玄関へ向かった。彼女は昨日からずっとバスケットばかり作っている。

 南那が到着するよりも早く、木戸が開かれる音がした。それに続いて聞こえてきたのは、

「おはようございます」

 西島咲子の声だ。ノックのしかたが優しかったので、声を聞くまで訪問者が彼女だとは気づかなかった。声の響きも穏やかで、南那と関わり合うときの咲子らしくない。胸騒ぎ未満の胸騒ぎを感じながら、真一も玄関へ。

 目的地までの道のりを半分ほど消化したところで、玄関で南那と咲子が相対しているのが目に映った。咲子はTシャツにジーンズというおなじみの服装で、Tシャツの文言は「そうだ小毬行こう」。南那に向かってなにか言おうとしていたが、真一がやって来たのに気がついて言葉を呑み込み、にこやかな表情を彼に向ける。

「おはよう、真一くん。おとといは大変だったけど、よく眠れた? 食事はちゃんと食べれてる?」
「はい。睡眠も食事もまったく問題ありません」
「それはよかった。邪魔をするのは悪いと思って、終わるころを見計らってきたから。といっても、用があるのは今宮なんだけど」

 そういうあなたこそ大変ではなかったのか。眠れたのか。そんな言葉たちをかけるタイミングをうかがっていた真一は、驚きを禁じ得ない。

「今宮、もう食事の後片づけは終わった? 済むまで待とうか?」
「いえ、終わりました。出ようと思えばすぐにでも出られますが」

 南那は特段驚いた様子もなくそう答えて、真一を横目に見る。咲子も彼へと視線を注ぎ、

「じゃあ、ちょっとのあいだ借りるね。半時間もかからないと思う」

 そう告げて、南那の手首をむんずと掴んで外へと連れ出す。南那は抵抗の意思を示しているわけではないのに、引っ張るようにして。

 木戸が閉まるのを見届け、真一は板張りの間まで引き返すと、畳の間に置かれたキャビネットが目に留まった。たちまち目が離せなくなった。
 その上から二段目の引き出し。ペン、そしてノート。前回確認したとき、後者は消えていた。真一に盗み見られるのをおそれて保管場所を変更したのだろう、と彼は予想した。仮にそれが一時的な措置だとすれば、事前の予告なく南那が外へと連れ出された今回は、あるいは。

 少し速い鼓動を意識しながらキャビネットの前まで行く。進む道、退く道。両者を天秤にかけて、後者をとるなど有り得ない、と結論する。

 問題の引き出しを引き開けると、あった。前回見たときと同じ、水色の表紙の、なんの変哲もない大学ノート。
 ためらいなく手にとる。無作為にページを開くと、文字の連なりが目に飛びこんできた。


『八月××日
 今日も中後さんと会う。集会所襲撃模様についての説明。嬉々として語るが、興味は湧かない。でも、上機嫌そうでなにより。
 襲撃のさいにも肉を食べたそうだが、わたしの分の肉もしっかり食べる。「沖野真一は持ってこられないだろうから、食べておくんだ」という意味の発言。同意しておく。二十四人死んだ翌日に肉を要求するのは、さすがにハードルが高い。
 真一が新たについた嘘=法力について、少し話す。三日の猶予期間をどう利用するか、考え中とのこと。午後、真一と会ったときに披歴されるかもしれない。解散。
 作業量は多くもなく少なくもなく。二日連続で冷ややっこを出すも、真一はなにも言わず。やや元気がない? 考えることがたくさんあるのだろう。
 今日も普通の一日だった。』
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