少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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収穫

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 一つは、三日以内に住人たちが虎を殺すこと。
 もう一つは、どうやら虎と繋がりがあるらしい南那に、「沖野真一の命を助けてあげてほしい」と頼み込んでもらう、というもの。

 前者に関しては、術を信用している彼らは自分からは動かないだろうし、真一から要請するのも不自然だから、現実的ではない。そもそも、作戦を練って全力を尽くしたところで、住人たちに虎を殺せる力があるのか、という大いなる疑問がある。
 後者に関しては、虎と南那の関係性、ならびにその深さが不明である以上、下手な働きかけを行うのは怖い。
 つまり、現時点では絶望。明後日の夜に住人たちからリンチされ・殺されるのは既定路線、ということになる。

「……嫌だ」

 死にたくない。その事態だけは避けたい。
 だったら、策を講じろ。頭を使え。お前は今までそうやって生きてきたんだろう? 沖野真一よ。


* * *
 

 真一は午後五時前に咲子の自宅を訪問した。

 応対に出た咲子の表情は朗らかだった。玄関から応接間まで移動するあいだに交わした言葉から判断した限り、彼女は明らかに機嫌がいい。テンションだって高い。そのせいで、どこか子どもっぽい印象を受けた。場所や状況を問わず、真一と顔を合わせたさいはにこやかに振る舞う人ではあるが、別の要因が主因となった上機嫌のように彼は感じた。目の前にくり広げられる凶行に激しく恐怖していた昨夜、虎から解放されるまで残り三日だと知って笑顔で涙を流した過去、どちらからも遠い心理状態らしい。

 なにが咲子を激変させたのか、真一には見当もつかない。会話を交わす中で、本人が自ら秘密を明かすかもしれないと期待したが、彼女はもっぱら日常のことを話した。最近は降雨が少ないから農作物への影響が心配だとか、住人から聞かされた人間関係の愚痴についてだとか、誰が聞いても他愛ないと評価するような話を。
 一方で、昨夜の襲撃事件や、真一の術により虎の命も三日を切ったことについては、決して語ろうとはしない。それらの話題を意図的に避けているのは明らかだ。

 体を震わせながら怯える姿も、笑顔で涙を流す姿も、真一の記憶に強烈に焼きついている。したがって、虎にまつわる話題を避けていると指摘しようとも思わないし、こちらからその話題を振ろうとも思わない。咲子の上機嫌になじめないものを感じながらも、聞き役に徹することで彼女の姿勢を肯定した。
 けっきょく、なんの収穫もないまま咲子と別れた。


* * *
 

 二十四人もの住人が死ぬという大事件が起きた翌日だとは思えないくらいに穏やかに過ぎ去った一日だった。
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