少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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拒絶

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 真っ先に思い浮かんだのは、虎の姿。想像が正しいのだとすれば、二人は今ごろ竹林の中にいるはずだ。
 二人が会う目的はなんだ? なんの話をしているんだ?
 南那と虎の関係性の謎に、もはや放置しておくのは難しいくらいに、真一は関心を奪われている。

 なにかいい手はないだろうか? 訊きづらいだとか甘えたことを言うのはいい加減やめにして、毅然と問い質すべきだろうか? それとも、今から竹林まで足を運んでみる?

 悶々としていると、畳敷きの空間の端に置かれたキャビネットが目に入った。たちまち、その家具から目が離せなくなった。
 真一は覚えている。ペンとノートが収納されていたのは上から二段目の引き出しだ。

「――ヒントが」
 見つかるかもしれない。ノートを見てみれば。

 抵抗感と罪悪感を覚えながらも、問題の引き出しを開けた。ノートは消えていたが、ペンはあった。前回開けたときに見たのと同じペンだ。
 これは、いったいどういうことだ? 真一に盗み見られるかもしれないと危惧して、ノートだけ置き場所を変更した? あるいは処分した?

「……訊いてみるしかないな」
 選択肢が一つに絞られたことで、ようやく彼らしくふてぶてしく開き直り、決意を固めることができた。

「問い質そう」
 南那に、面と向かって。


* * *
 

「南那ちゃん」

 包丁が野菜を刻む小気味のいい音がぴたりとやんだ。調理しているのは、南那。声をかけたのは、真一。畳まれた自分の布団一式に後頭部を預けていたが、呼びかけるに先立って上体を垂直に立てた。

「話すのは気が進まないだろうし、食事前にする話じゃないのかもしれないけど、どうしても気になるから訊かせて。南那ちゃんのお父さんが虎に殺されたときのことを」

 調理を再開しようと動きかけた右手が、「南那ちゃんのお父さん」という言葉を聞いた瞬間、縫いつけられたかのように虚空に停止した。互いが相手の次なる一手をうかがうような沈黙が流れ、

「どうしてその質問を?」
「くり返しになるけど、気になって仕方がないから。人食い虎という怪物を倒す力を持つ者としても知りたいし、一人の人間としても興味がある。その悲劇に関して、南那ちゃんが抱え込んでいるものがあるのなら、受け止めてあげたいとも思ってる。聖職者なんて、言ってみればカウンセラーみたいなものだからね」
「……そうですか」

 再び沈黙が降りる。南那の手が動き出す気配はない。

「やっぱり、その話をするのは嫌?」
「はい。すみませんが、話したくありません」

 やりかたを間違えた、と思った。カウンセラーのようなものと豪語したが、「話したくない」と明確に答えられたら、カウンセリングを打ち切るしかないではないか。

 会話がいっさい発生しない、気まずいことこの上ない食事時間となった。
 南那が作る料理は今日も相変わらず美味しい。それだけに、やるせなかった。
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