少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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「真一くんは惨劇がくり広げられるさなかに、虎に術をかけた。だから、虎は三日以内に死ぬ。あと三日で、私たちは小毬の住人は、長きにわたって続いた悪夢から解放される。昨夜の二十四人の犠牲も、三年のあいだに積み重なった六十人近くの犠牲も、みんなみんな無駄ではなかった。――そうだよね?」

 尋常ではない迫力だ。頭を振ろうものなら、肩を掴む両手が首へと移動し、力いっぱい扼されるのではないかと本気で恐怖した。恐怖のあまり足腰が立たなくなり、全身を震わせ、すがりついてきた昨夕の彼女とは似ても似つかない。
 まるで虎だ。わがままで、凶暴で、強大な力を持つ人食い虎。

 咲子はまばたきすらせずに真一を見つめつづける。肩に食い込む十指は緩む気配がない。唾を飲み下し、彼女が望んだとおりの返答を告げる。

「かけました。私は腕力ではまったく無力ですから、せめて自分にできることをと、動き回る虎に向かって懸命に術をかけました。決して容易ではありませんでしたが、私の前に長時間姿をさらしたのに助けられて、なんとか成功しました。昨日から数えて三日後、すなわち今日から見て二日後、虎は必ずや死に至るでしょう。それは私が保証します」

 強張り、歪んでいた咲子の表情が溶けるように緩んでいき、枕元にクリスマスプレゼントを見つけた少女のような明るい笑顔に変わった。肩から外れた両手が真一の右手を握りしめる。力強いが、肩を掴んでいたときとは違い優しさも同居している。瞳から雫が次から次へとこぼれ落ちる。

「真一くん、ありがとう。私たちを救ってくれて、ありがとう。ほんとうに、ほんとうにありがとう……」

 俺は小毬地区に長居するべきではなかった。嘘までついて虎退治を引き受けたのは間違いだった。
 心の底から悔やんだが、あとの祭りだ。
 刻々と厳しさを増す直射日光を浴びながら、咲子はいつまでも、いつまでも、涙を流しつづけた。


* * *


 けっきょく、ケンさんの家には行かなかった。
 長い時間をかけて我に返った咲子に尋ねてみたところ、「ケンさんは意識もしっかりしていて、思ったよりも元気そうだった」という答えが返ってきた。「訪ねても邪魔になるだけ」という南那の意見はやはり正しかったらしい。

 帰宅すると、玄関に南那の靴はなかった。作りかけの作品や道具が定位置にきちんと置かれている。そういえば昨日も同じくらいの時間帯に家を出ていた、と思い出す。
 作業机の上の作りかけのバスケットは、あと十分も作業すれば出来上がりそうだ。完成させるよりも外出を優先させたということは、

「毎日この時間に、誰かと会う約束をしている……?」
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