少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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大切なこと

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 ガキくさいと思いながらも、南那の冷淡さに対する反抗心から、真一はケンさんに会いに行くことにした。
 住所は把握していないが、通行人に訊けばいいと楽観していた。しかし、今宮家を発って五分が経った時点で、住人の姿は見かけていない。農家の朝は早い。一般人からすれば遅い朝というべき現在の時間帯、普段であれば屋外で立ち働いている人間を当たり前に見かけるのだが、今日は人っ子一人いない。

 襲撃事件がもたらした恐怖が家に閉じこもらせた?
 事件の犠牲者や被害者に関係する雑事に忙殺されて、外での仕事に勤しむ暇がない?

 たしかなのは、そのような環境下を歩く真一が、恐怖に近い心細さを感じていること。集会に参加した住人はむしろ少数派で、参加者の中にも生き残りがいたのは承知している。それでも、虎が昨日付で小毬の住人を皆殺しにしてしまったような、そんな錯覚を抱いた。

「真一くん」

 突然名前を呼ばれて、真一は顔を上げた。閑散とした往来を、彼がいるほうへと走ってくる人物がいる。

「咲子さん! どうされました?」
「ちょうどよかった。真一くんを探していたの」

 走ったことで乱れた前髪を、神経質な指づかいで手早く整え、うっすらと汗が浮いた顔に微笑を灯す。平素の彼女が普通に見せるほほ笑みよりも、心なしか硬さがうかがえる。

 突然の虎の襲撃に、腰が抜けて立てなくなり、全身の震えが止まらなくなるほど恐怖した咲子だったが、小毬の長として警察官に気丈に応対するうちに、次第に平常心を取り戻していった。生き残った者の中で最も精神的なダメージを受けているようにも見えた彼女が、思いのほか早期に、力強く本来の自分を回復したのを自分の目で見たのも、真一の立ち直りが早かった要因の一つといえるかもしれない。

「探していた? なにか用事でも?」
「私、さっきまで怪我人の自宅を一人ずつ訪問していたんだけど、そのさなかに気がついたの。地区長として義務的に怪我人の見舞いに行くよりも、ずっとずっと大切なことに」

 気がついた当時の気持ちの昂りが甦ったとでもいうのか、咲子の瞳が爛々と輝きはじめた。その異様さに真一は気圧され、思わず上体を引いた。
 次の瞬間、咲子はいきなり彼の両肩を掴んだ。指先が肉に食い込んで痛いくらいだ。さらには顔を顔へと無遠慮に近づけ、異様な輝きを放つ黒目で彼の瞳を凝視しながら、

「術! 術よ、術。虎が暴れているあいだに、真一くんは虎に術をかけたんでしょ。ほら、言ったじゃない。あなたの三日以内に確実に死に至らしめられるという術は、対象と相対して念じることで発動できるって」

 あと一歩で「あっ」と叫ぶところだった。咲子の凄まじい形相が目と鼻の先になければ、声は確実に口の外に飛び出していただろう。
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