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襲来
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「やはり早いほうがいいわけですね。今すぐにでも竹林に踏み込みたい――と言いたいところですが、問題が二つあります。
一つ目は、沖野さんもご存じだと思いますが、虎は夜行性だということ。つまり、この説明会が終わり次第行動を起こすとすれば、敵が最も元気な時間帯に会いに行く形になってしまう。
二つ目は、手持ちの武器が揃っているわけではないことです。農具を代用品にできないこともないけど、もともと戦うための道具ではないから、虎に立ち向かう武器としては力不足」
「つまり、虎と対面を果たすにあたっての準備が万端ではない、と」
「そういうことです。武器に関しては――」
真一の視界の端で、ケンさんがいきなり窓のほうを向いた。真一もつられて同じ方向に注目した。
直後、窓外に黄金色の塊が出現した。
ケンさんが腰を浮かした。次の瞬間、けたたましい破砕音が響いた。ケンさんの近くの窓ガラスに大穴が開き、一頭の巨大な虎が猛然と飛び込んできた。ケンさんと正面衝突し、彼の体は軽々と宙へと吹き飛ばされる。
虎はケンさんを追撃するのではなく、彼の隣で胡坐をかいていた男性に襲いかかった。男性が防御の構えをとる隙すらも与えず、喉笛に深く食らいつく。硬いものがへし折られる生々しい音が鳴り、血だまりを踏みつけたように赤い飛沫が散る。虎が口を離すと、男性の首はあらぬ方向にへし折れていた。見開かれた双眸は天井を睨み、まばたき一つしない。
誰かの絶叫に空気が震えた。叫んだのは、最初の犠牲者となった男性の目の前に座っていた男性。
その男性へと虎が飛びかかる。今度は爪による一撃が選ばれた。服ごと胸を切り裂かれ、背中から床に叩きつけられる。一人目と同じく、喉に食いつかれて息の根を止められた。ぐちゃぐちゃと音を立てて頸部の肉をつまみ食いし、顔を上げる。口からはおびただしい鮮血がしたたり、口元から顎にかけて赤黒く染まっている。軽く周囲を見回し、床を蹴って跳躍。複数の悲鳴が織り成す大音声が空間内に木霊した。
「真一くん、真一くん……!」
地獄を連想させる阿鼻叫喚の中、名前を呼ぶ声に真一は我に返った。咲子がほふく前進をして彼に近づいてくる。その双眸は恐怖に見開かれ、シャツの背中には鮮血が点々と散っている。両腕は視認できるくらい激しく震えていて、体はほとんど前に進んでいない。
真一は座布団から立とうとしたが、立ち上がれない。脚が震えていて下半身に力を込められないのだ。手間取っているあいだも咲子は接近を試みているが、距離はほとんど縮まっていない。
誰かの断末魔が轟いた。咲子の口から「ひいっ」という声がもれた。両手をいっそう懸命に動かすが、まるで溺れてもがいている人のようだ。
しっかりしろ、と真一は己を叱りつける。両脚は震えつづけているが、咲子ほど酷くない。立ち上がって足を交互に動かし、段差を下りきったところでようやく震えが止まった。
咲子に駆け寄って抱きしめる。抱きしめ返してくる両腕の力は弱々しい。体の震えが伝わってくる。
一つ目は、沖野さんもご存じだと思いますが、虎は夜行性だということ。つまり、この説明会が終わり次第行動を起こすとすれば、敵が最も元気な時間帯に会いに行く形になってしまう。
二つ目は、手持ちの武器が揃っているわけではないことです。農具を代用品にできないこともないけど、もともと戦うための道具ではないから、虎に立ち向かう武器としては力不足」
「つまり、虎と対面を果たすにあたっての準備が万端ではない、と」
「そういうことです。武器に関しては――」
真一の視界の端で、ケンさんがいきなり窓のほうを向いた。真一もつられて同じ方向に注目した。
直後、窓外に黄金色の塊が出現した。
ケンさんが腰を浮かした。次の瞬間、けたたましい破砕音が響いた。ケンさんの近くの窓ガラスに大穴が開き、一頭の巨大な虎が猛然と飛び込んできた。ケンさんと正面衝突し、彼の体は軽々と宙へと吹き飛ばされる。
虎はケンさんを追撃するのではなく、彼の隣で胡坐をかいていた男性に襲いかかった。男性が防御の構えをとる隙すらも与えず、喉笛に深く食らいつく。硬いものがへし折られる生々しい音が鳴り、血だまりを踏みつけたように赤い飛沫が散る。虎が口を離すと、男性の首はあらぬ方向にへし折れていた。見開かれた双眸は天井を睨み、まばたき一つしない。
誰かの絶叫に空気が震えた。叫んだのは、最初の犠牲者となった男性の目の前に座っていた男性。
その男性へと虎が飛びかかる。今度は爪による一撃が選ばれた。服ごと胸を切り裂かれ、背中から床に叩きつけられる。一人目と同じく、喉に食いつかれて息の根を止められた。ぐちゃぐちゃと音を立てて頸部の肉をつまみ食いし、顔を上げる。口からはおびただしい鮮血がしたたり、口元から顎にかけて赤黒く染まっている。軽く周囲を見回し、床を蹴って跳躍。複数の悲鳴が織り成す大音声が空間内に木霊した。
「真一くん、真一くん……!」
地獄を連想させる阿鼻叫喚の中、名前を呼ぶ声に真一は我に返った。咲子がほふく前進をして彼に近づいてくる。その双眸は恐怖に見開かれ、シャツの背中には鮮血が点々と散っている。両腕は視認できるくらい激しく震えていて、体はほとんど前に進んでいない。
真一は座布団から立とうとしたが、立ち上がれない。脚が震えていて下半身に力を込められないのだ。手間取っているあいだも咲子は接近を試みているが、距離はほとんど縮まっていない。
誰かの断末魔が轟いた。咲子の口から「ひいっ」という声がもれた。両手をいっそう懸命に動かすが、まるで溺れてもがいている人のようだ。
しっかりしろ、と真一は己を叱りつける。両脚は震えつづけているが、咲子ほど酷くない。立ち上がって足を交互に動かし、段差を下りきったところでようやく震えが止まった。
咲子に駆け寄って抱きしめる。抱きしめ返してくる両腕の力は弱々しい。体の震えが伝わってくる。
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