少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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集会所到着

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 集会所は西島家からそう離れていない場所にぽつりと建つ、平凡な外観の木造の平屋だった。
 出入り口のガラス戸を開けると、間口は広いが奥行きが狭い、エントランスと呼ぶには狭すぎるエントランスがある。そのすぐ先に広がっているのは、バスケットコート一面よりも一回りほど広い板張りの空間。正面の最奥に畳二畳分ほど一段高くなった箇所があり、座布団が敷かれている。藍色のそれは、今宮家の作業場にあるものと瓜二つだ。

 救世主が姿を現した瞬間、板張りの間は水を打ったように静まり返った。
 真一は足を止めた。彼に注目する住人たちの顔はみな、表情と呼べるものが浮かんでいない。
 彼らが仮面の下に隠している感情はなんなのだろう? 期待か、不信か、それともおそれか。それとも、四日目にしていまだに衰えない、純朴な田舎の人間ならではの好奇心なのか。

 上座に就くことへの心理的抵抗はないに等しい。真一はしかし、あえてすぐには移動せず、空間の状況を観察する。

 集まっているのは十五人ほど。その全員が男性という性別の偏りは、なにか妙にしっくりくるものがある。
 一同の中にはケンさんの姿もある。空間の隅で胡坐をかいた大きな体の彼は、壁にかかったなんらかのイベントを告知する色あせたポスターを、口を半開きにした顔で眺めている。その姿はいかにも無垢で、無害で、少し気が楽になった。

 上座に向かってゆっくりと歩を進める。人に見られていることを前提に、少しでも威厳を演出しようという意図で設定した歩行速度。試みが具体的にどのような効果を彼らにもたらしたのかは、無表情ゆえに読みとれないが、食い入るように一挙手一投足を見つめてくる。歩行速度を除けば、どこを切りとっても普通の歩行のはずだが、彼らはそれ以上の意味を見出しているらしい。真一を目で追っていないのはケンさんだけだと知り、口角の位置はさらに上方に移動した。

 藍色の座布団は座り心地がよくも悪くもない。一段高い場所から一望した来所者たちには、全員が男性とか、中年以上の年齢といった、一目で分かるような特徴を除けば、共通点は特にないように見受けられる。板張りの間の出入り口の真上に掲げられたデジタル時計は、スムーズでもぎこちなくでもなく時を刻んでいる。

 開始予定十五分前に咲子が到着した。
 出入り口に積み重ねられている座布団の一枚をひっつかみ、高座のすぐ目の前、誰も座っていない場所に敷いて端然と正座する。こんな日にも彼女は、「小毬地区 小毬地区 日本一」などという、おどけた文言がつづられた白地のTシャツにジーンズと、普段着を崩さない。
 不意に真一と咲子の目が合った。彼女の表情に変化は生じない。ネガティブな感情を覚えたわけではないが、見つめ合う必要がないからそうしたというように顔を背け、前髪を指先で整える。
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