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取引
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真一の脳内を見透かしたかのように、虎は短く笑った。
「僕が話したいことは以上だ。せいぜい、自分の能力が許す限りせいいっぱいやってくれ。僕の命令に逆らったらどうなるのか――前回前々回と説明したから、これ以上言葉を費やすつもりはないぞ」
嫌だ。そんな役割、担いたくない。
しかし、どんなに抵抗感を覚えようと、虎からの命令には従うしかない。
ならば、せめて。
「『皆殺し』じゃなくて『虐殺』って言いましたよね」
口を挟んだ真一に向けられた虎の眼差しは、心なしか鋭い。それだけでもう怯みそうになったが、これくらいのことで牙を剥くような猛獣ではないと、経験から把握している。
「ということは、その場にいる全員を殺すのが目標ではない、ということですね?」
「そうだよ。まず沖野真一、お前は殺さない約束をした。それに現実問題として、こちらの体力の問題がある。住人どもだって、死にたくないから全力で逃げる。多少の追いかけっこならする覚悟ではいるが、深追いはしないつもりだ」
「じゃあ、殺さない人間を事前に決めておくことはできますか? 一人くらいなら支障はない、ですよね?」
「単刀直入に言え、沖野真一。殺してほしくない人間とは、誰だ?」
「南那ちゃん――今宮南那です。俺、その子の家で世話になっていて、南那ちゃんはほんとうに僕によくしてくれて、助かっているんです。だから、その子だけは殺してほしくなくて」
南那は虎と取引をしたという噂のことは、もちろん念頭にあった。南那の名前を口にしたことに対して、どのような反応を見せるのか。緊張しながら待ち受ける真一に吐きつけられた言葉は、
「今宮南那? あいつはその手の集まりには参加しないだろう。仮に参加したとしても、殺さないよ。今宮南那は殺さない。お前と同じで、僕の役に立ってくれているからな」
真一は確信する。虎と少女のあいだで、噂されているようなおぞましい取引があったのかは定かではない。しかし、両者には交流した過去があり、その交流が今も続いているのは間違いない、と。
たしかな事実を一つ掴んだことで、疑問の数々が滾々と湧き出した。それらの全てを虎にぶつけたかった。
しかし、これ以上やりとりするのは危険だと感じる。虎はそもそも気軽に疑問質問をぶつけていい相手ではないし、「帰れ」というメッセージを一度発したところを、食い下がって会話を延長してもれっている状況なのだから。
「分かりました。俺は今夜、集会所での説明会で、あなたが襲ってくるまで弁舌を振るう。その代わり、あなたは南那ちゃんを殺さない。それで取引成立ですね?」
「ああ、成立だ。明日以降も肉を持ってくるのを忘れるんじゃないぞ」
「僕が話したいことは以上だ。せいぜい、自分の能力が許す限りせいいっぱいやってくれ。僕の命令に逆らったらどうなるのか――前回前々回と説明したから、これ以上言葉を費やすつもりはないぞ」
嫌だ。そんな役割、担いたくない。
しかし、どんなに抵抗感を覚えようと、虎からの命令には従うしかない。
ならば、せめて。
「『皆殺し』じゃなくて『虐殺』って言いましたよね」
口を挟んだ真一に向けられた虎の眼差しは、心なしか鋭い。それだけでもう怯みそうになったが、これくらいのことで牙を剥くような猛獣ではないと、経験から把握している。
「ということは、その場にいる全員を殺すのが目標ではない、ということですね?」
「そうだよ。まず沖野真一、お前は殺さない約束をした。それに現実問題として、こちらの体力の問題がある。住人どもだって、死にたくないから全力で逃げる。多少の追いかけっこならする覚悟ではいるが、深追いはしないつもりだ」
「じゃあ、殺さない人間を事前に決めておくことはできますか? 一人くらいなら支障はない、ですよね?」
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「今宮南那? あいつはその手の集まりには参加しないだろう。仮に参加したとしても、殺さないよ。今宮南那は殺さない。お前と同じで、僕の役に立ってくれているからな」
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しかし、これ以上やりとりするのは危険だと感じる。虎はそもそも気軽に疑問質問をぶつけていい相手ではないし、「帰れ」というメッセージを一度発したところを、食い下がって会話を延長してもれっている状況なのだから。
「分かりました。俺は今夜、集会所での説明会で、あなたが襲ってくるまで弁舌を振るう。その代わり、あなたは南那ちゃんを殺さない。それで取引成立ですね?」
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