少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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咲子の要求

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「だから、虎退治に関して、現時点でどこまでできる状態なのか、逆になにができないのか。できないことができるようになるまでにはなにが必要で、何日かかるのか。そこのところを全て、住人の前できちんと説明してほしいの。というよりも、すでに彼らと約束してしまっていて。『今日中に沖野真一さんのほうから説明がありますから』って。まだ具体的に何時とは決まっていないけど、場所は集会所を予定してる。何人集まるかは不透明だけど、わたしに直接訴えてきた人間は参加すると見なせば、二十人は超えると思う」

 これは、とんでもないことになってきたぞ――。

 真一は理解する。地区のトップの手ですらも制御しきれなかったのだから、俺が小細工を弄したところで流れを変えられるはずがない。今日中に、住人一同の前で、虎退治の進捗状況について説明を行う――これは確定事項なのだ。
 トップの人間に直談判するくらい、彼らは今必死だ。なにがなんでも、できれば早期に、虎を殺してほしい。それなのに、人食い虎を退治してみせると豪語した自称高僧からは、四日目の今日になってもなんの説明もない。地区内を散策し、地区長に肉を要求するなどして、気楽かつ気ままに過ごしている。

『あの沖野とかいう坊さんは、ほんとうに虎を退治する力を持っているのか?』

 彼らの中で、疑念は日増しに増しているに違いない。
 真一本人に直接訴えなかったのだから、程度は高が知れているといってしまえばそれまでだ。とはいえ、何人もの人間が地区長に抗議しているのだから、看過できるほど弱いわけではないのもまたたしか。

 ある意味では、真一にとってはチャンスだ。図らずも設けられた説明の場で上手く説明できれば、延命できる。一日中だらだらしていても、勝手に食事と寝床が提供される、そんな生活を何日か延長できるかもしれない。

 やらない手はない。
 というよりも、やるしかない。

「分かりました。説明不足だった私に非があるので、その責任をとる意味も込めて、みなさんの前で誠心誠意説明させていただきます。ただ、みなさんには一回の説明で、私の考えを完璧に理解してもらいたいので、準備の時間をしっかりとらせてください。もちろん、今日中にという期限は遵守します。ですから、そうですね――夕方。夕方の六時に集会所で説明会を開くということで、みなさんにはお伝えいただけますか」

 咲子は深くうなずいた。真一の心の中で砂時計がひっくり返され、さらさらと音を立てて白砂がこぼれ落ちはじめた。
 運命の分かれ目まで――残り約七時間。
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