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真一と南那と咲子
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今宮家の前まで戻ってくると、玄関先に咲子がしゃがんでいた。退屈そうに頬杖をついていたが、二人に気がつくと表情を大きく和らげ、立ち上がって手招きをする。二人は足を速めた。
「地区長、どうされました? 体調が悪いんですか」
「退屈も体調不良のうちならね。真一さんを待っていたの。別にあなたに用があるわけじゃない」
咲子は南那の言葉をいら立たしげに払いのけた。南那の唇が反論したそうにかすかに動いたが、発声はしなかった。真一は額の汗を手の甲で拭って、
「私に用事でしたか。急用ですか?」
「急ぎではいないけど、今日中に済ませておきたいことが一つあって」
さばさばとそう答えて、南那を横目に睨む。睨まれたほうは小さく頭を下げ、家の中に入る。木戸が閉まると咲子は大きくため息をつき、険しい表情のまま真一を見据える。
「どこへ行っていたの? あの子と二人で」
「少し散歩へ。南那ちゃんは仕事熱心なので、少しでも気分転換ができればと思って、私から提案して連れ出しました」
「気分転換? ほんとうにそれが動機なの?」
「はい。それが全てです」
「どうだか」とでも言いたげに、腰に両手を宛がって再びため息。
南那とのあいだにはほんとうになにもなかったので、真一はなにを言われても余裕をもって言葉を返せる。ただ、咲子が不機嫌であることと、真一の帰宅を待ち構えていたこと、この二つは軽視できないと感じる。
「ところで、用件というのはなんでしょうか」
「虎のこと。虎退治のことと言ったほうがいいかな」
電流が走ったような感覚に、真一の心身は一気に引き締まる。
「今日は真一さんが小毬に来てから四日目。たしか、虎退治の力の準備が整うのにかかる時間が三日、ということだったよね。初日から数えると今日が四日目になるけど、準備のほうはどうなったの?」
冷たい汗が噴出した。法力云々は嘘ではないかと疑っているのではなく、純然たる確認のための問いかけだと、声音と表情から判断はつく。それでも不自然なほど多量の発汗は止まりそうにない。
虎を退治する力が嘘だということ。それをどう誤魔化すか。その大問題について、解決策はいまだに見つかっていない。
「正確には、肉を食べて精力をつけられたら今日中に整う、という話だったけど」
ああ、そうだ。虎に会う約束もあるんだった。
「急かすようで悪いけど、小毬の長として確認しておかなければならないことだから。実を言うと、住人の何人かからも催促されていてね。虎退治の目途は立ったのか、準備は整ったのか、いつ殺す予定なのかと、日に日に尋ねられる頻度が高くなっていて」
今日も、それ以前も、真一は外を歩くたびに住人からの視線を感じてきた。単によそ者が物珍しいからだと解釈していたのだが、どうやらそのような意味もあったらしい。
「地区長、どうされました? 体調が悪いんですか」
「退屈も体調不良のうちならね。真一さんを待っていたの。別にあなたに用があるわけじゃない」
咲子は南那の言葉をいら立たしげに払いのけた。南那の唇が反論したそうにかすかに動いたが、発声はしなかった。真一は額の汗を手の甲で拭って、
「私に用事でしたか。急用ですか?」
「急ぎではいないけど、今日中に済ませておきたいことが一つあって」
さばさばとそう答えて、南那を横目に睨む。睨まれたほうは小さく頭を下げ、家の中に入る。木戸が閉まると咲子は大きくため息をつき、険しい表情のまま真一を見据える。
「どこへ行っていたの? あの子と二人で」
「少し散歩へ。南那ちゃんは仕事熱心なので、少しでも気分転換ができればと思って、私から提案して連れ出しました」
「気分転換? ほんとうにそれが動機なの?」
「はい。それが全てです」
「どうだか」とでも言いたげに、腰に両手を宛がって再びため息。
南那とのあいだにはほんとうになにもなかったので、真一はなにを言われても余裕をもって言葉を返せる。ただ、咲子が不機嫌であることと、真一の帰宅を待ち構えていたこと、この二つは軽視できないと感じる。
「ところで、用件というのはなんでしょうか」
「虎のこと。虎退治のことと言ったほうがいいかな」
電流が走ったような感覚に、真一の心身は一気に引き締まる。
「今日は真一さんが小毬に来てから四日目。たしか、虎退治の力の準備が整うのにかかる時間が三日、ということだったよね。初日から数えると今日が四日目になるけど、準備のほうはどうなったの?」
冷たい汗が噴出した。法力云々は嘘ではないかと疑っているのではなく、純然たる確認のための問いかけだと、声音と表情から判断はつく。それでも不自然なほど多量の発汗は止まりそうにない。
虎を退治する力が嘘だということ。それをどう誤魔化すか。その大問題について、解決策はいまだに見つかっていない。
「正確には、肉を食べて精力をつけられたら今日中に整う、という話だったけど」
ああ、そうだ。虎に会う約束もあるんだった。
「急かすようで悪いけど、小毬の長として確認しておかなければならないことだから。実を言うと、住人の何人かからも催促されていてね。虎退治の目途は立ったのか、準備は整ったのか、いつ殺す予定なのかと、日に日に尋ねられる頻度が高くなっていて」
今日も、それ以前も、真一は外を歩くたびに住人からの視線を感じてきた。単によそ者が物珍しいからだと解釈していたのだが、どうやらそのような意味もあったらしい。
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