少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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南那について

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 竹林の方角に向かっていることは分かっていた。通ったことのない道だが、前方に既視感のある緑が待ち構えている。

 率直に言って、行きたくない。しかし、まさか中には入らないだろうと信じて、真一は南那に歩調を合わせている。
 同時に、南那が虎と取引をした疑惑の存在を思い出し、問い質すなら今のうちかな、と思ってもいる。

「人、すっかり見かけなくなったね。さびしい道だ」
「そうですね。見てのとおり」

 なにか話さないと、という気持ちが強くなると、下手くそなパスをついつい蹴ってしまう。苦笑を抑え込みながら、仕切り直しのつもりでもう一度蹴る。

「怖くない? 男と二人きりになって。腕力だったらたぶん、南那ちゃんが絶対に負けるよ」
「平気です。いつも同じ屋根の下で寝泊まりしている関係なのに、怖いはずがありません」
「まあ、そうだよね。今さらな問いかけだったかな」
「初日の夜、真一さんはわたしの誘いを毅然と拒みましたよね。その一件以来、あなたのことは信頼しているので、怖さを感じたことはまったくありませんよ」

 そういえばそんなこともあったな、と思う。キャッチボールを続けたい意識とはうらはらに、真一は曖昧な苦笑を返すことしかできなかった。
 あのときの南那の突飛な行動を、純粋な性欲に促された結果ではない、と彼は推測した。では、動機はなんだったのか。

 改めて考えてみたところ、不自由、という単語が真っ先に思い浮かんだ。
 抑圧された心と体。必然に芽生える、自由を希求する気持ち。それが彼女にセックスを求めさせたのだろうか?
 あるいは、虎と取引をして父親を殺させたのも――。

 真一は心の中で頭を振った。
 分からないことだらけなのに先走りすぎている。想像力が暴走している。

 分からないなら、本人に訊けばいい。
 しかし現状、真一にはその勇気がない。

 俺はいつの間にこんな臆病な人間になったんだ? 己の懐に利益が転がり込んでくるのであれば、人が眉をひそめるようなことも堂々と、むしろ率先してやる。それが沖野真一という男なのに。

 
* * *


「ここから先は危ないですよ」
 何分間かぶりに発せられた南那の声に、真一は我に返った。振り向くと、警告を発した人は彼ではなく、前を向いている。同じ方向を向くと、鬱蒼とした竹林の中に入っていく道の入口があった。

「地区長などから聞いてご存じだと思いますが、この竹林には人食い虎が棲息しています。よほど特殊な事情でもあるか、自殺願望を持つ人ではない限り、足を踏み入れることはおすすめしません」
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