少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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真一らしさ

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 小毬の朝は早い。真一が目覚めの伸びとあくびをして、四日目の朝を迎えたと認識したときには、南那は早くも作業部屋で仕事に取りかかっていた。仕事は朝のルーティンをこなしたあとで始めると言っていたから、すでに朝食は済ませたのだろう。
 今宮家の食事は朝昼晩と和食だ。白米を炊かなければならないし、作り置きのおかずも動員されるとはいえ、食卓に並ぶ皿数は多い。それらを用意する時間を考慮に入れれば、あまりにも早すぎる起床だ。

「……いや」

 俺が遅すぎるだけだ。布団の上で仰向けになったまま、真一は考えを改める。南那が朝早いのは事実だが、それ以上に今日の俺の目覚めが遅い。昨晩は、すんなりと寝つけなかったから。考えることが多すぎて、なかなか眠れなかったから。

 真一は考えるべきことが多すぎたり、複雑すぎたりしたときはいつも、開き直って全てを擲ち、さっさと現実逃避の眠りに就く。その場合でも案外すんなり、ときには普段以上にスムーズに入眠できる。これまではそうだった。
 しかし、昨日はその法則が適用されなかった。悶々と寝返りをくり返して、もういっそのこと徹夜をしようかと考えはじめた午前三時過ぎ、ようやく力尽きた。

「らしくもない。なにをやっているんだ、俺は……」
 ひとり言にしては大声を出したつもりだが、南那は真一を一瞥すらしない。家の外では早くも蝉が合唱に精を出していて、音量以上に耳にやかましい。

 今日は、真一が「人食い虎を退治する力の準備が整う」と公言した日だ。
 あくまでも目安。先延ばしにする余地は作っていたが、「肉を食べて体力をつければ早く準備が整う」という理論を振りかざしたせいで、今日が期日だと確定してしまった。
 四日目の実行は確約せずに肉を調達する方法もあったのではないかと、悔やむ気持ちがないでもない。しかし、後悔のガムをぐちぐちと噛んでいてもなにも始まらないのは、誰かから指摘されるまでもなく理解している。土俵際まで追い詰められても、粘りに粘れば起死回生の一手が決まり手になることもあると、彼は経験から知っている。

 今はひとまず、朝食を腹に入れよう。そうしてから、考えるなり行動するなりしよう。肉を食べても狭義の力にはならないが、広義の力にはなるのだから。

「……なんだよ」
 俺らしさが戻ってきたじゃないか。

 寝床から出て洗面所で顔を洗う。震えるほど冷たい水に、また少し気持ちが引き締まった。

『この牛肉、地区長さんからもらったんだ。精をつけたほうがいいよって言われて。明日の夜に食べたいから、それまで料理には使わないで。冷蔵庫の中を圧迫しちゃって申し訳ないけど』

 昨夜南那にそう伝えて、了解を得ていた。約束は守られたようで、いつもどおりの多種多様なラインナップの中に、牛肉が使われた料理は一皿もない。
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