少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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「沖野さん、いらっしゃい」

「行こうよ おいでよ 小毬地区」と黒字で胸につづられた白いシャツを着た咲子は、にこやかに真一を出迎えた。
 応接間での雑談は和気あいあいと進行した。しかし、自らが課せられた義務を思い出したのを境に、楽しみを純粋に楽しむのが難しくなった。

 やがて話題は農業に変わった。咲子いわく、小毬地区の農業従事者は手作業を重んじるため、作業の機械化・効率化が思うように進んでいないが、逆にいえば発展の余地があるという。
 それに続いて、小毬で栽培されている農作物に話題は及んだ。南那にはその多くを無料で譲っているため、真一が食べている料理に使われている野菜のほとんどが小毬産だという。
 真一は南那の手料理を絶賛するという形で、現在俎上にのせられている話題に参戦した。今までに小毬で食べた中で、どの料理が美味しかった。どのレシピに感心した。そういった話題についてある程度語ったうえで、

「南那ちゃんの手料理は文句なしに美味しいのですが、ただ一点、栄養に若干の偏りがあるのが気になるんです。というよりも、使用される食材に、ですね。単刀直入に言うと、肉類がほとんどないんです。初めての食事には牛肉を使った料理が出ましたけど、それ以来はひき肉を少量使った料理が一皿あったくらいで。卵とか、豆腐とか、動物性植物性を問わず、たんぱく質が摂取できる食材は毎食欠かさず出るから、栄養バランスに最低限配慮してくれているのは理解できるのですが。
 お尋ねしたいのですが、南那ちゃんはヴィーガンやベジタリアンといった、食についてなんらかのこだわりを持っている子なのですか? あるいは、アレルギー持ちだとか」
「うーん、どうだろう。あの子の趣味嗜好、詳しくは把握していないけど、まあノーマルなんじゃないかな。小毬では、極端な人間がいればすぐに噂になるけど、今宮の食事関係の噂は聞いたことがないから」
「なぜ、肉類を食べないのでしょうか」
「節約のためじゃないかな。野菜は住人たちから安く買えるし、お願いしなくてもくれたりするけど、肉は町の食料品店くらいでしか調達できないから。あの子も竹細工でそれなりに稼いではいるけど、経済的にそう余裕があるわけではないんだろうね」
「そういうことでしたら、咲子さんにお願いがあります。明日一日だけでもいいので、あの子がおなかいっぱいになる量の肉を提供していただけませんか」
「肉を? あの子に?」

 咲子は眉をひそめてオウム返しをした。その反応を見て、南那は「虎と取引をして父親を殺させた」という噂のせいで、住人たちから快く思われていないことを思い出した。
 あくまでも南那一人のためと主張したならば、人食い虎の脅威から小毬を救おうとしている人物からの要請だとしても、咲子は拒絶したかもしれない。しかし、真一はとっておきの策を思いついていた。
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