少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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虎と咲子の関係について

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「図らずも、どちらも西島咲子が鍵となる要求となったわけだな。気に食わないが、まあいい。お前に与えられた仕事をお前が満足にこなせなかった場合のことは、わざわざ説明するまでもないな。沖野真一、お前はただ、僕が下した命令に従え。分かったな?」

「分かりました」と即答した。面倒ではあるが不可能ではない要求だし、そもそも真一に拒否権はない。

「うむ、いい返事だ。その素直さを祝して、沖野真一、お前に一つだけ質問を許可しよう。さあ、なにが訊きたい? なにを知りたい?」

 まったく思いがけない言葉だ。それでいて、なぜかは分からないが、質問内容はすぐに浮かんだ。

「あなたは人間の生まれ変わりという噂があると、地区長から聞きました。心を病んで自殺してしまった青年の怨念が、人食い虎というモンスターを生んだのだと。その噂は事実なんですか?」
「また西島咲子か。西島咲子、西島咲子、西島咲子――まあ、いい」

 虎はさも不愉快そうに鼻を鳴らした。そして、どこかもったいぶったような挙動で体を動かし、太いがしなやかな四本の脚で立つ体勢に移行した。

「僕が人間の生まれ変わりだって? 当たり前だろう。人間の言葉をしゃべるのだから、元は人間だったに決まっている。
 僕が人間だったときの名前は、中後保という。噂のとおり、心の病を苦に自殺した軟弱な若造だったのだが、なんの因果か、人を食らう猛獣に生まれ変わって今もこの世界で生きている。
 ……人間だったときのことを思い出したせいで、無性にいらいらしてきたよ。今日のところはもう話すことはないし、思い余ってお前を殺してしまって、せっかくの召使を一人減らすのも馬鹿馬鹿しいからな。まだまだ生きたいなら、とっとと去るがいい。畜生にも仏のごとき慈悲の心があることに感謝しながらな」


* * *


 虎はやたら咲子の名前を出していたな、と帰り道に真一は思う。
 異常というほど頻繁に、ではなかったかもしれない。「西島咲子」や「沖野真一」のように、虎は個人名をフルネームで口にする癖があるから、頻度以上に印象が強く刻まれたと解釈もできる。ただ、事実として、虎は対話の相手である真一よりも、咲子の名前を多く口にした。
 西島咲子という個人に対して、虎が特別な思いや感情を抱いている可能性は高いように思う。面と向かって会話してみた限り、人を食らう虎という立場だからこそ、襲撃先の地区のトップの存在を否応にも意識せざるを得ない、という図式は当てはまらないように感じた。人間・中後保と、一小毬地区住人・西島咲子のあいだには、なんらかの因縁があったのかもしれない。

 しかし、今はとにかく、虎の要求に応えることだ。
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