少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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重い足取り

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 竹林へ向かう真一の足取りは重たい。虎の考え次第、あるいは機嫌次第では、殺されるかもしれないのだから当然だ。
 本音を言えば、約束をすっぽかしてしまいたい。しかし、そうすれば殺されてしまうので、仕方なく竹林へ向かっている。

 やたら汗が出る。小毬に滞在して三日目になり、すれ違う住人からぽつぽつとあいさつの言葉をかけられるようになったが、注がれる眼差しから警戒心は完全に消えていない。それが今の真一には無性に腹立たしい。しかしながら、感情をぶつける気力も覚悟もなく、浴びれば浴びるほど惨めな気持ちになっていく。

 本日虎に殺されて、沖野真一という存在は終わりを迎えるのだ――そんな気さえする。
 そのくせ、足は機械的に動きつづけ、気がつけば竹のジャングルは目と鼻の先にある。

 背丈に匹敵するほどの草をかき分けながらの道のりは、険しい。発汗量はいっそう増し、シャツに汗を吸っていない領域はもはや皆無だ。色も形も千差万別な植物の葉が服や頭髪に絡みつき、客観的には酷い有りさまなのだろう、と突き放すように思う。その挙げ句に殺されるのだと思うと、迷子を自覚した幼児のように両脚を放り出してその場に座り込み、声を上げて泣きたくなる。
 それでもなんとか、あと何回か植物を左右に押し開けば寝床に到着する、というところまで来た。

 虎の存在は、あるかなしかの風が運んできた獣臭さが教えてくれた。かすかだが、絶対に看過できない個性と存在感を孕んだ臭気。あと一歩で寝床という地点まで来たときには、さすがにそれはないだろうと思いながらも、虎の視界に入った瞬間に襲いかかられる気もした。

「なにをしている。さっさと来い」

 真一の目を覚まさせたのは、低音の男声。いら立っているというよりも呆れたような声音だ。
 慌てて緑の壁を左右に開くと、植物の褥の上に虎が寝そべっている。人間のものとそう変わらないのではないかと思うくらい小さな、エメラルドグリーンの瞳が真一を凝視する。

「どうした、疲労困憊しているじゃないか。情けないな、人間という生き物は。哀れで、惨めで、弱くて」

 あんただって元は人間だったんじゃないのか。
 実際に声に出したわけではなく、心の中での反論だったが、言下にといってもいい迅速さで言い返せたことで、戦う勇気を回復できた。同時に、相手を出し抜いて利益をせしめてやろうという、真一らしいふてぶてしさも。虎は少なくとも、出会い頭に牙や爪を振りかざして威嚇してくるような、理性のかけらもない獣ではない。その事実を確認できたのもプラスに働いた。
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