少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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引き出しの中

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「……あ」

 ノートとボールペンがしまってあった。奥まで確認したが、納められているのはその二つだけだ。なんの変哲もない水色の表紙の大学ノートに、ごく普通の黒いボールペン。
 広い引き出しに二つだけ、というのがいかにも意味深だ。また、上から二段目という中途半端な場所を偶然にも選び、偶然にも意味深なものを見つけたことに、大げさにいえば運命を感じた。吸い寄せられるようにノートへと右手を伸ばす。

 そのとき、玄関の木戸が開く音がした。
 雪崩れ込んできたけたたましいミンミンゼミの求愛の声に、真一は弾かれたように振り向く。木戸が閉ざされる音にまぎれさせて引き出しを閉める。
 どう振る舞うか迷ったが、竹細工の完成品を眺めているふりをすることにした。南那が部屋に来るのに要する時間と、真一が箪笥の前から定位置に戻るまでの時間を比較して、無理はしないほうが賢明だと判断したのだ。ただし、両足を置くのは畳の上ではなく板張りの床の上にする。理由は、直感だ。

「おかえりなさい」

 上半身を捩じってあいさつをする。ワンピース姿の南那は手ぶらで、顔に浮かんでいるのはもはやおなじみとなった無表情。

「勝手に悪いと思ったけど、作品を見させてもらっていたよ。触っていないから安心して。じっくり眺める機会もなかなかないから」
「触っても構いませんよ。傷にならなければ支障はないし、最悪、傷がついても価格が下がるだけですから」
「じゃあ、やっぱり触らなくて正解だったね。俺は不器用だから、手を滑らせて落としていたかもしれないし」
「落としたくらいでは傷はつかないと思いますが」
「だとしても遠慮しておくよ。ところで南那ちゃんはどこへ行っていたの? 仕事関係?」

 答えが返されるまでには、少し長く感じられる間があいた。

「そうです。心配されるかと思って、出かける前に『出かける』と伝えておきたかったのですが、連絡をとりようがなかったので」
「そうだよね。ここは携帯電話が繋がらないし」
「そもそもわたしは持っていません」
「ああ、そうなんだ」

 もう大丈夫だと判断し、卓袱台が置かれているあたりへと引き返す。流し台で手を洗い、作業場へと向かう南那とすれ違う。そのさい、彼はワンピースの裾に竹の葉が付着しているのを発見した。
 南那ちゃん、竹林の中に入っていたの?
 言葉は喉元まで出かかった。しかし、関所を越えるにはあと一歩、思い切りが足りない。

 南那は座布団に座る。真一は畳んだ敷き布団に背中を預けて横になる。

 竹細工を黙々と拵える彼女の表情や手つきは普段どおりに見える。注意深く探しても普段との違いが分からない。
 唯一いつもと違うのは、たった一枚、服の裾にへばりついた竹の葉のみ。
 その一枚も、彼女が昼食の準備をするために立ち上がったときには消えていた。
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