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留守のあいだに
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虎と取引をして父親を殺させた疑惑について、南那に訊いてみるか、やめておくか。
二者択一を決めあぐねているうちに、今宮家に到着した。そして、尋ねる以前の問題だと知る。南那の靴がないのだ。
上がって奥の部屋を確認したが、定位置の藍色の座布団の上は無人だ。トイレに風呂と、身を隠せそうな場所はひととおり確認してみたが、どこにもいない。真一はパニックを起こしそうになったが、ほどなく外出をしているだけだと気がつき、冷静さを取り戻した。
虎を退治する目的で一時滞在しているだけの真一でさえ、人に呼ばれて、あるいは自発的に、何度も家の外に出ている。小毬で日常生活を送っている彼女が、終日我が家にこもりつづけるほうが不自然だ。
周章狼狽しかけていた十秒前の自分をニヒルに嘲笑い、冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出してグラスに注ぐ。嗜好品の類はほぼ買わないが、甘いものを摂取するのは気分転換になるので、コーラだけは例外。初日に真一に出した板チョコレートは、嗜好品ではなく保存食のつもりで買っている。南那はそう話していた。
グラスを流し台の洗い桶に入れ、畳んだ敷き布団を枕に寝ころがる。しかしすぐに起き上がり、畳敷きの領域に足を踏み入れる。散らかっているようで整然と配置された道具類を眺め、完成された竹製の笊を様々な角度から観察し、商品に変身するそのときを待ち侘びている竹ひごを数える。あまりの多さに十二本で断念した。
小さくため息をつき、南那の布団が置かれている場所へと目を転じる。
そこには布団以外にも、南那の生活に必要なものがまとめて置かれている。というよりも、必要なものを納めていると思われる家具が。箪笥が一竿。それをサンドウィッチしているのは二台のキャビネット。さらには箪笥の上にレターケース。いずれも木製で、和風な内装に調和している。
いつの間にか蝉時雨は途絶えている。
真一はおもむろに箪笥へと歩み寄り、レターケースの最上段、一センチほど飛び出した引き出しをきちんと閉めた。少し目線を下げ、閉めるために使った右手の高度も下げ、箪笥の最上段の引き出しを開ける。下着らしき淡いピンク色が目に映り、慌てて閉めた。
「……やめよう」
板張りの領域に戻りかけたが、後ろ髪を引かれる思いに足が止まる。再び箪笥に向き直る。もう箪笥を開けてみる気にはなれないが、他の家具ならば話が別だ。これで最後にするつもりで、左のキャビネットの上から二段目を開けた。
二者択一を決めあぐねているうちに、今宮家に到着した。そして、尋ねる以前の問題だと知る。南那の靴がないのだ。
上がって奥の部屋を確認したが、定位置の藍色の座布団の上は無人だ。トイレに風呂と、身を隠せそうな場所はひととおり確認してみたが、どこにもいない。真一はパニックを起こしそうになったが、ほどなく外出をしているだけだと気がつき、冷静さを取り戻した。
虎を退治する目的で一時滞在しているだけの真一でさえ、人に呼ばれて、あるいは自発的に、何度も家の外に出ている。小毬で日常生活を送っている彼女が、終日我が家にこもりつづけるほうが不自然だ。
周章狼狽しかけていた十秒前の自分をニヒルに嘲笑い、冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出してグラスに注ぐ。嗜好品の類はほぼ買わないが、甘いものを摂取するのは気分転換になるので、コーラだけは例外。初日に真一に出した板チョコレートは、嗜好品ではなく保存食のつもりで買っている。南那はそう話していた。
グラスを流し台の洗い桶に入れ、畳んだ敷き布団を枕に寝ころがる。しかしすぐに起き上がり、畳敷きの領域に足を踏み入れる。散らかっているようで整然と配置された道具類を眺め、完成された竹製の笊を様々な角度から観察し、商品に変身するそのときを待ち侘びている竹ひごを数える。あまりの多さに十二本で断念した。
小さくため息をつき、南那の布団が置かれている場所へと目を転じる。
そこには布団以外にも、南那の生活に必要なものがまとめて置かれている。というよりも、必要なものを納めていると思われる家具が。箪笥が一竿。それをサンドウィッチしているのは二台のキャビネット。さらには箪笥の上にレターケース。いずれも木製で、和風な内装に調和している。
いつの間にか蝉時雨は途絶えている。
真一はおもむろに箪笥へと歩み寄り、レターケースの最上段、一センチほど飛び出した引き出しをきちんと閉めた。少し目線を下げ、閉めるために使った右手の高度も下げ、箪笥の最上段の引き出しを開ける。下着らしき淡いピンク色が目に映り、慌てて閉めた。
「……やめよう」
板張りの領域に戻りかけたが、後ろ髪を引かれる思いに足が止まる。再び箪笥に向き直る。もう箪笥を開けてみる気にはなれないが、他の家具ならば話が別だ。これで最後にするつもりで、左のキャビネットの上から二段目を開けた。
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