39 / 120
南那と虎の噂
しおりを挟む
「私の思い違いなら越したことはないんだけど、南那ちゃんはどうも、住人のみなさんからうとましがられている気がするんだ。
南那ちゃんのお父さんが虎に殺されたという話は聞いたけど、だったら本来、小毬の住人総出であの子を労わってあげるのが当たり前でしょう。お父さんが殺されたのは、あの子ではなくて虎のせいなのだし、なにより南那ちゃんはまだ子どもなのだから。でも実際には、彼女のことを積極的に助けてあげているのはケンさん一人。私が今宮家でお世話になると決まって、住人のかたが物資なんかを運んできてくれたんだけど、地区長さんに命令されて不承不承という感じだった。不承不承だとしても助けているのは事実だし、私が見ていないところで手を差し伸べていると信じたい気持ちもある。だけど、私としてはやっぱり違和感があって。
南那ちゃんはどうして、みんなから大切にされていないのかな。ケンさんが理由を知っているのなら、ぜひ教えてほしいんだけど」
ケンさんは口を半開きにして、明後日の方向を眺めるともなしに眺めながら、考え込む顔つきを見せている。真一の言葉を咀嚼しているのか。それとも、話すべきか否かや、どこまで話してどこを話さないかの線引きを脳内で検討しているのか。
「沖野さんの意見、考えてみればそうだなって思う。南那ちゃんは、みんなからあまりよく思われていない。原因に心当たりは、ある」
「ほんとうかい?」
ケンさんは首を縦に振り、足を止めて竹の束を担ぎ直す。そして答える。
「噂を聞いたことがある。どうでもいいと思って聞き流してきたけど、たぶんそれが原因。南那ちゃんは虎と取引をして、父親を殺させたと疑われている」
思わず絶句してしまった。
虎と取引? 南那ちゃんが?
たしかに虎は、人語を解したし、しゃべれた。ただ、会話してみた限り、とうてい話が通じるような相手ではなかった。
「その噂、ほんとうなのかい? 虎は自殺した青年の生まれ変わりだ、という噂は聞いたことがあるけど。人食い虎というのは、人間の言葉で理知的な会話ができる生き物なの?」
「あくまで噂。僕も虎がしゃべるのは聞いたことがないから、そう噂されているとしか答えようがない」
「じゃあ、噂は正しいと仮定して話を進めようか。虎は人を食べるだけじゃなくて人語をしゃべれて、南那ちゃんが虎と話をする機会があったとして、南那ちゃんが虎に『父親を殺してほしい』と頼むことに、なんのメリットがあったのかな。南那ちゃんのお父さんは西島さんの前の地区長で、みんなから慕われていたと聞いたよ」
「南那ちゃんと前の地区長さんは、不仲だって言われていた。前の地区長さんは、地区長としては立派だったけど、父親としてはそうではなかったって」
「……そうだったんだ。南那ちゃんのお父さんの人となりについて、詳しく教えてくれないかな。南那ちゃんにとって、前の地区長はどんな父親だったの?」
「分からない。僕は地区長という立場でしか、南那ちゃんのお父さんを見たことがないから。地区長としてのあの人を評価するなら、とても有能な人だったよ。みんなそう言っていたし、僕自身もそう思っている」
残念ながら、これ以上の情報をケンさんから引き出すのは難しそうだ。
「ケンさん、いろいろ教えてくれてありがとう。虎との決戦に備えて情報収集できて、有意義だったよ」
南那ちゃんのお父さんが虎に殺されたという話は聞いたけど、だったら本来、小毬の住人総出であの子を労わってあげるのが当たり前でしょう。お父さんが殺されたのは、あの子ではなくて虎のせいなのだし、なにより南那ちゃんはまだ子どもなのだから。でも実際には、彼女のことを積極的に助けてあげているのはケンさん一人。私が今宮家でお世話になると決まって、住人のかたが物資なんかを運んできてくれたんだけど、地区長さんに命令されて不承不承という感じだった。不承不承だとしても助けているのは事実だし、私が見ていないところで手を差し伸べていると信じたい気持ちもある。だけど、私としてはやっぱり違和感があって。
南那ちゃんはどうして、みんなから大切にされていないのかな。ケンさんが理由を知っているのなら、ぜひ教えてほしいんだけど」
ケンさんは口を半開きにして、明後日の方向を眺めるともなしに眺めながら、考え込む顔つきを見せている。真一の言葉を咀嚼しているのか。それとも、話すべきか否かや、どこまで話してどこを話さないかの線引きを脳内で検討しているのか。
「沖野さんの意見、考えてみればそうだなって思う。南那ちゃんは、みんなからあまりよく思われていない。原因に心当たりは、ある」
「ほんとうかい?」
ケンさんは首を縦に振り、足を止めて竹の束を担ぎ直す。そして答える。
「噂を聞いたことがある。どうでもいいと思って聞き流してきたけど、たぶんそれが原因。南那ちゃんは虎と取引をして、父親を殺させたと疑われている」
思わず絶句してしまった。
虎と取引? 南那ちゃんが?
たしかに虎は、人語を解したし、しゃべれた。ただ、会話してみた限り、とうてい話が通じるような相手ではなかった。
「その噂、ほんとうなのかい? 虎は自殺した青年の生まれ変わりだ、という噂は聞いたことがあるけど。人食い虎というのは、人間の言葉で理知的な会話ができる生き物なの?」
「あくまで噂。僕も虎がしゃべるのは聞いたことがないから、そう噂されているとしか答えようがない」
「じゃあ、噂は正しいと仮定して話を進めようか。虎は人を食べるだけじゃなくて人語をしゃべれて、南那ちゃんが虎と話をする機会があったとして、南那ちゃんが虎に『父親を殺してほしい』と頼むことに、なんのメリットがあったのかな。南那ちゃんのお父さんは西島さんの前の地区長で、みんなから慕われていたと聞いたよ」
「南那ちゃんと前の地区長さんは、不仲だって言われていた。前の地区長さんは、地区長としては立派だったけど、父親としてはそうではなかったって」
「……そうだったんだ。南那ちゃんのお父さんの人となりについて、詳しく教えてくれないかな。南那ちゃんにとって、前の地区長はどんな父親だったの?」
「分からない。僕は地区長という立場でしか、南那ちゃんのお父さんを見たことがないから。地区長としてのあの人を評価するなら、とても有能な人だったよ。みんなそう言っていたし、僕自身もそう思っている」
残念ながら、これ以上の情報をケンさんから引き出すのは難しそうだ。
「ケンさん、いろいろ教えてくれてありがとう。虎との決戦に備えて情報収集できて、有意義だったよ」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
神を信じぬ司祭の語り
蒼あかり
ホラー
辺境地の領主の子として産まれたエリザベート。
ある日突然姿が見えなくなるが、しばらくすると「魔物の森」の入り口で見つかる。
母は娘が悪魔に魂を乗っ取られたと疑うが、周りの者は誰も信じてはくれない。
エリザベートが成長するうちに、彼女の奇怪な行動を母が目にするようになる。
母は次第に娘を恐れ、命を狙われると訴えるが・・・
※他サイトでも掲載しています。
視える僕らのルームシェア
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ジャクタ様と四十九人の生贄
はじめアキラ
ホラー
「知らなくても無理ないね。大人の間じゃ結構大騒ぎになってるの。……なんかね、禁域に入った馬鹿がいて、何かとんでもないことをやらかしてくれたんじゃないかって」
T県T群尺汰村。
人口数百人程度のこののどかな村で、事件が発生した。禁域とされている移転前の尺汰村、通称・旧尺汰村に東京から来た動画配信者たちが踏込んで、不自然な死に方をしたというのだ。
怯える大人達、不安がる子供達。
やがて恐れていたことが現実になる。村の守り神である“ジャクタ様”を祀る御堂家が、目覚めてしまったジャクタ様を封印するための儀式を始めたのだ。
結界に閉ざされた村で、必要な生贄は四十九人。怪物が放たれた箱庭の中、四十九人が死ぬまで惨劇は終わらない。
尺汰村分校に通う女子高校生の平塚花林と、男子小学生の弟・平塚亜林もまた、その儀式に巻き込まれることになり……。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
となりの音鳴さん
翠山都
ホラー
新たに引っ越してきたコーポ強井の隣室、四〇四号室には音鳴さんという女性が住んでいる。背が高くて痩身で、存在感のあまりない、名前とは真逆な印象のもの静かな女性だ。これまでご近所トラブルに散々悩まされてきた私は、お隣に住むのがそんな女性だったことで安心していた。
けれども、その部屋に住み続けるうちに、お隣さんの意外な一面が色々と見えてきて……?
私とお隣さんとの交流を描くご近所イヤミス風ホラー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる