36 / 120
咲子について
しおりを挟む
長々と話し込んでいるうちに類は友を呼び、話の輪に何人かの住人が加わった。いずれも真一の両親よりも一回りほど年上、下手をすると祖父母と同年代の年寄りばかり。話題も、持病や作物の生育など、真一には関心がないものが大半だ。
だんだんうんざりしてきたが、この老人たちを振り切ったところでするべきことがあるわけではない。愛想よくしておけば、明日言い訳をするときに少しでも有利に働くかもしれない。そう自分に言い聞かせて、現在の時間にポジティブな意味を持たせた。
「そういえば、沖野さんは地区長と話をしましたか? 外から来たあなたの目に、あの人はどう映りました?」
真夏の農作業の危険性について語っているさなか、なんの弾みか、老人たちの一人が唐突にそう話を振ってきた。
「地区長さんですか? もちろん話はしましたよ。自宅にも二回訪問させていただきましたし」
真一は途切れかけていた集中力を瞬時に甦らせて答えた。
「若いのにしっかりしたかただと思いますよ。私の突然の訪問にもそつなく対応してくれましたし、気配りも行き届いていて。住人のみなさまからトップに推されたのも分かる気がしますよ」
「そうですか? 我々年齢を重ねた者からすると、至らないところもずいぶんありますけどね。お坊さまはまだ小毬に来てまだ浅いから、あの人のことを知らんのは当たり前でしょうけども」
老爺の一人が苦笑しながらそう述べた。他の者も彼の意見におおむね同意しているらしく、何人かは浅くうなずいた。
真一は彼らの反応を意外だと感じた。まさか咲子に否定的な意見が出されるとは。
住人たちは口々に西島咲子を評しはじめた。
彼らはみな、咲子が打ち出した個々の政策や裁定に不満があるわけではない。先代の地区長――すなわち南那の父親とは違い、虎に攻勢に危機感を抱き、対策の強化に乗り出しているという点では、むしろ高く評価している。ただ、小毬史上初となる女性地区長だから、まだ三十代だから、どこか頼りない。そんな不満を彼らは持っているらしい。
咲子よりもさらに若い真一は、彼らの言い分にうんざりすると同時に、彼女に同情の念を覚えた。
南那のお父さんは虎に殺された。咲子が地区長に就任したのは、もしかすると緊急処置的な意味合いもあったのかもしれない。それにもかかわらず、これまでのところ無難にトップの大役をこなしている。
それなのに、なぜ彼女を評価しない? この年寄りたちはどうして、若いからだとか、女だからとか、本人の努力ではどうにもならないことにけちをつけて、過小評価するんだ? コミュニティのトップが殺されるという緊急であり異例の事態に直面したからこそ、前例のない人物に託したんじゃなかったのかよ。
……これ以上話すの、しんどいな。
「すみません。行かなければいけないところがあるのを思い出したので、私はこれで」
真一は話の流れを断ち切るようにそう告げ、老い先短い者たちと別れた。
だんだんうんざりしてきたが、この老人たちを振り切ったところでするべきことがあるわけではない。愛想よくしておけば、明日言い訳をするときに少しでも有利に働くかもしれない。そう自分に言い聞かせて、現在の時間にポジティブな意味を持たせた。
「そういえば、沖野さんは地区長と話をしましたか? 外から来たあなたの目に、あの人はどう映りました?」
真夏の農作業の危険性について語っているさなか、なんの弾みか、老人たちの一人が唐突にそう話を振ってきた。
「地区長さんですか? もちろん話はしましたよ。自宅にも二回訪問させていただきましたし」
真一は途切れかけていた集中力を瞬時に甦らせて答えた。
「若いのにしっかりしたかただと思いますよ。私の突然の訪問にもそつなく対応してくれましたし、気配りも行き届いていて。住人のみなさまからトップに推されたのも分かる気がしますよ」
「そうですか? 我々年齢を重ねた者からすると、至らないところもずいぶんありますけどね。お坊さまはまだ小毬に来てまだ浅いから、あの人のことを知らんのは当たり前でしょうけども」
老爺の一人が苦笑しながらそう述べた。他の者も彼の意見におおむね同意しているらしく、何人かは浅くうなずいた。
真一は彼らの反応を意外だと感じた。まさか咲子に否定的な意見が出されるとは。
住人たちは口々に西島咲子を評しはじめた。
彼らはみな、咲子が打ち出した個々の政策や裁定に不満があるわけではない。先代の地区長――すなわち南那の父親とは違い、虎に攻勢に危機感を抱き、対策の強化に乗り出しているという点では、むしろ高く評価している。ただ、小毬史上初となる女性地区長だから、まだ三十代だから、どこか頼りない。そんな不満を彼らは持っているらしい。
咲子よりもさらに若い真一は、彼らの言い分にうんざりすると同時に、彼女に同情の念を覚えた。
南那のお父さんは虎に殺された。咲子が地区長に就任したのは、もしかすると緊急処置的な意味合いもあったのかもしれない。それにもかかわらず、これまでのところ無難にトップの大役をこなしている。
それなのに、なぜ彼女を評価しない? この年寄りたちはどうして、若いからだとか、女だからとか、本人の努力ではどうにもならないことにけちをつけて、過小評価するんだ? コミュニティのトップが殺されるという緊急であり異例の事態に直面したからこそ、前例のない人物に託したんじゃなかったのかよ。
……これ以上話すの、しんどいな。
「すみません。行かなければいけないところがあるのを思い出したので、私はこれで」
真一は話の流れを断ち切るようにそう告げ、老い先短い者たちと別れた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる