少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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疑惑

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 淀みがなかった言葉の羅列が止まる。わたしが言いたいこと、理解できていますか? そんなメッセージが込められた眼差しに、真一は首肯する。

「父親を亡くした直後は悲しかったし、経済的な面でも大変でしたけど、新しい地区長である西島咲子さんや、ケンさんたち他の住人が手厚くサポートしてくださったので、不幸なりに幸せではあるのかな、と認識しています。わたしは以前から趣味として竹細工作りをしていたのですが、隣町の工芸品店の好意もあって、作品を買いとってくれることになったのが大きかったですね。ささやかながらも遺産を遺してくれたおかげで、なんとか食べていけていますし」

 真一が今宮家に世話になることが決まり、咲子とともに訪問したさいに、咲子が南那への思いやりが感じられない態度をとったことを、不意に思い出した。

 父親を失った経緯を考えても、十代という年齢を考えても、南那は大いに同情され、慰められ、保護されるべき立場だ。それなのに、咲子が今宮家の木戸をノックするさいのあの乱暴さ。応対に出るように促す呼びかけの声のあの激しさ。よい意味で特別扱いをされていないのは明らかで、むしろ嫌っている節さえあった。
「一人暮らしで、家が広いから」という理由だけで、事前の相談もなく、真一が宿泊する場所に今宮家を選んだことも、よくよく考えると違和感を覚える。地区長の家の広さは今宮家を凌駕しているのだから、居候先は西島家でもよかったはずなのに。

 南那を疎ましがっているのは咲子だけ? それとも、小毬の住人の総意? 前者だとすれば、南那は前の地区長の娘だから、利害関係が絡んでいる?
 真一は小毬地区の住人の関係性や力関係を知悉していない。これ以上推理を進めたとしても、真実に到達するのは難しいだろう。閉鎖的な田舎特有の、濃密ゆえに底なしの暗黒に足を踏み入れたくない、という気持ちもある。

 南那の話は終わったらしい。白米、おかず、白米、おかずと、交互に、機械のような単調さで口に運んでいる。
 自力で解き明かすのは困難な謎を知るための最短ルートは、本人に問い質すことだ。そんなことくらい真一は理解していたが、

「ケンさんにもらったスイカ、食後に食べようか。まだ冷えていないと思うけど、たぶん、そんなことは無関係に美味いと思うし」

 暗い話が積み重ねられるのを厭い、明るい話題へと誘導した。
 南那が作った美味しい夕食を食べ、ケンさんからもらったスイカも食べ、入浴をして眠る。昨日以上にいろいろなことがあった今日という一日を、そのような形で閉じたかった。
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