少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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虎について

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「昨日少し話しましたが、わたしは母親を亡くしています。産後が悪く、治療の甲斐なく亡くなったと聞いています。小毬では出産は妊婦の自宅で行われる慣習があって、病院での出産と比べた場合、アクシデントが起きたさいの対応が充分とはいえないんです。対応にあたった人は力を尽くしてくれたみたいだし、仕方がないことだったんだって、わたし個人としては気持ちの整理はついているのですが」

 南那は発言の合間におかずをつまみながら、淡々とした口調で語る。彼女らしい話しぶりであると同時に、「気持ちの整理はついている」という発言が嘘ではないと証明する話しぶりでもある。

「生まれたときからずっと父親と二人で暮らしてきました。父親は家事ができないので、近所のかたに手伝いに来てもらいながら、わたしが徐々に家事を覚えていって、他人の助けを借りずにこなせるようになっていって。まさか父親まで亡くなるとは想像もしていなかったけど、ケンさんや他の人たちに最小限手伝ってもらえば一人で生きていけている今を思えば、わたしの人生にとってプラスの経験だったんだなって思います」
「お父さん、なかなか厳しい人だったんだね。お母さんがいない分お前ががんばらなくちゃいけない、みたいな?」
「お母さんを引き合いに出すことはあまりなくて、一人の人間として立派にならなければいけない、というニュアンスの言葉をよくかけられました。他人に厳しい人だったという指摘は、たしかにそのとおりだと思います。持って生まれた性格や、母親の不在ももちろん影響していたんだろうけど、一番の要因は父親が地区長を務めていたからではないでしょうか。みんなから尊敬され、頼りにされる立場だからこそ、娘も立派な人間であってほしかったんだと思います」
「お父さん、地区長だったんだ」
「はい。虎に殺されてしまったので、就任期間はとても短かったんですけど」

 南那の顔は一瞬、心なしか陰った。

「話は変わるようですが、虎は自殺した小毬の住人の生まれ変わりである、という噂について話してもいいですか」
「もちろん。南那ちゃんはたしか咲子さんと同じで、非科学的な眉唾物だと考えているんだったよね」
「そうです。記憶がたしかなら、虎は父親が地区長に就任する半月ほど前から出没しはじめました。父親は、虎対策の強化を公約に掲げて当選したのだけど、実際はそう熱心ではなかったみたいなんです。選挙目当ての方便だったのか、他の政策に注力せざるを得なかったのか……。詳しい事情は把握していないのですが。
 虎がほんとうに人間の生まれ変わりで、心に少しでも人間的なところを残しているのなら、自分を自殺に追い込んだ加害者を最優先に殺すと思うんです。そして、復讐の悲願を成し遂げたあとは、虎退治に積極的な人間を順番に殺していくことになるのではないでしょうか。
 父親は地区で一番偉い人間だから、虎に対する姿勢とは無関係に狙われた。そう解釈できないこともないけど、少し無理があると思います」
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