少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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とっておきの話

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 古びた卓袱台の上に所狭しと食器が並べられている。野菜を中心にした一見質素なラインナップだが、味のクオリティは昨日と今日とで証明済みだ。品目自体はそう多くないが、調理法と味つけをばらけさせることで、味わいに変化をつけるのが満足感を引き出す秘訣だということも。

 卓袱台が狭く感じられるもう一つの要因は、台の端の浅い器に盛られた小ぶりのスイカ。器は南那が編んだ竹製のもので、スイカは竹細工の材料といっしょにケンさんが運んできた二個のうちの片割れだ。もう一個は冷蔵庫で冷やしてある。
 真一が西島家から帰宅すると、台所の流し台の横にスイカが無造作に置かれていて、彼を驚かせた。ケンさんが所有する畑で収穫されたものだそうだ。

「感謝しなきゃいけないのはこちらなのに、仕事以外の親切までしてくれるなんて。善人代表みたいな人だね、ケンさんは」
「そうですね。働き者で、親切で。わたしは頼れる人間があまりいないので、とても感謝しています」
「でも、二玉もいただいちゃってよかったのかな。買うとなると結構な値段だよ、こんな大きなスイカ」
「差し支えないからプレゼントしてくれたんだと思いますよ」

 話題を断ち切ろうとするような南那の一言。ケンさんの人となりや、小毬で栽培されている農産物についてなど、話を広げようと思えば難しくはなかったはずだが、彼女はその道を歩きたくないらしい。
 話を振ればそれに応じるが、最低限のことしかしゃべらないし、自分からは話を振ってこない。昨日今日の二日間、その姿勢は一貫している。胡散くさい旅の僧に食事と泊まる場所を提供してくれている恩人相手にとやかく言う権利はないが、真一としては少しさびしい。

「南那ちゃんは、なにかとっておきの話とかはないの? 滑らない話的な面白エピソード」

 グラスの緑茶を飲み干し、そう話を振ってみる。筑前煮のタケノコを口に入れたばかりの南那は、咀嚼しながら怪訝そうに彼を見返した。

「さっきからずっと俺ばかり口を動かしているから、南那ちゃんにもしゃべってほしくてさ。お題は自由のほうが話しやすいかな、と思ったんだけど」
「とっておきの話、ですか」

 南那はマーボー茄子を取り分けた小皿を見下ろしながら黙考している。深く考えずに、思いついたものを気軽に話してくれればいいんだけどな。ほほ笑ましく苦笑しながら、真一は白米のかたまりを口いっぱいに頬張る。彼が口の中を空にしたのを見計らったようなタイミングで、南那は話しはじめた。

「生まれてからずっと小毬で暮らし、家にこもって竹細工を作ってきた人間だから、真一さんのようなかたを面白がらせるような体験はしていません。だから、身内の話をさせてください。虎に殺された父親のことです」

 思わず箸の動きが止まる。食べ物が口に入っていたなら、喉に詰まらせてむせるという、古典的なリアクションをしていたかもしれない。
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