少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

文字の大きさ
上 下
32 / 120

とっておきの話

しおりを挟む
 古びた卓袱台の上に所狭しと食器が並べられている。野菜を中心にした一見質素なラインナップだが、味のクオリティは昨日と今日とで証明済みだ。品目自体はそう多くないが、調理法と味つけをばらけさせることで、味わいに変化をつけるのが満足感を引き出す秘訣だということも。

 卓袱台が狭く感じられるもう一つの要因は、台の端の浅い器に盛られた小ぶりのスイカ。器は南那が編んだ竹製のもので、スイカは竹細工の材料といっしょにケンさんが運んできた二個のうちの片割れだ。もう一個は冷蔵庫で冷やしてある。
 真一が西島家から帰宅すると、台所の流し台の横にスイカが無造作に置かれていて、彼を驚かせた。ケンさんが所有する畑で収穫されたものだそうだ。

「感謝しなきゃいけないのはこちらなのに、仕事以外の親切までしてくれるなんて。善人代表みたいな人だね、ケンさんは」
「そうですね。働き者で、親切で。わたしは頼れる人間があまりいないので、とても感謝しています」
「でも、二玉もいただいちゃってよかったのかな。買うとなると結構な値段だよ、こんな大きなスイカ」
「差し支えないからプレゼントしてくれたんだと思いますよ」

 話題を断ち切ろうとするような南那の一言。ケンさんの人となりや、小毬で栽培されている農産物についてなど、話を広げようと思えば難しくはなかったはずだが、彼女はその道を歩きたくないらしい。
 話を振ればそれに応じるが、最低限のことしかしゃべらないし、自分からは話を振ってこない。昨日今日の二日間、その姿勢は一貫している。胡散くさい旅の僧に食事と泊まる場所を提供してくれている恩人相手にとやかく言う権利はないが、真一としては少しさびしい。

「南那ちゃんは、なにかとっておきの話とかはないの? 滑らない話的な面白エピソード」

 グラスの緑茶を飲み干し、そう話を振ってみる。筑前煮のタケノコを口に入れたばかりの南那は、咀嚼しながら怪訝そうに彼を見返した。

「さっきからずっと俺ばかり口を動かしているから、南那ちゃんにもしゃべってほしくてさ。お題は自由のほうが話しやすいかな、と思ったんだけど」
「とっておきの話、ですか」

 南那はマーボー茄子を取り分けた小皿を見下ろしながら黙考している。深く考えずに、思いついたものを気軽に話してくれればいいんだけどな。ほほ笑ましく苦笑しながら、真一は白米のかたまりを口いっぱいに頬張る。彼が口の中を空にしたのを見計らったようなタイミングで、南那は話しはじめた。

「生まれてからずっと小毬で暮らし、家にこもって竹細工を作ってきた人間だから、真一さんのようなかたを面白がらせるような体験はしていません。だから、身内の話をさせてください。虎に殺された父親のことです」

 思わず箸の動きが止まる。食べ物が口に入っていたなら、喉に詰まらせてむせるという、古典的なリアクションをしていたかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

事故物件

華岡光
ホラー
 長野県から神奈川のある地方に仕事のために移り住んだ1人の男。安い物件で割と広々とした古い一軒家を借りるがそこでは想像を絶する恐ろしい出来事が彼を待ち受けていた・・・

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

ガチめホラーショート集

白雛
ホラー
苦手な人にはオススメできない。 鬱、グロ、理不尽、危険思想ありのこってりホラーショート集。 ※ただし、あくまでエンタメです。フィクションです。引き込まれすぎないように用法、容量に注意して適切な距離感を保ち、自己責任でお楽しみください。

三分で読める一話完結型ショートホラー小説

ROOM
ホラー
一話完結型のショートショートです。 短いけれど印象に残るそんな小説を目指します。 毎日投稿して行く予定です。楽しんでもらえると嬉しいです。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

月の砂漠のかぐや姫

くにん
ファンタジー
月から地上に降りた人々が祖となったいう、謎の遊牧民族「月の民」。聖域である竹林で月の民の翁に拾われた赤子は、美しい少女へと成長し、皆から「月の巫女」として敬愛を受けるようになります。 竹姫と呼ばれる「月の巫女」。そして、羽と呼ばれるその乳兄弟の少年。 二人の周りでは「月の巫女」を巡って大きな力が動きます。否応なくそれに巻き込まれていく二人。 でも、竹姫には叶えたい想いがあり、羽にも夢があったのです! ここではない場所、今ではない時間。人と精霊がまだ身近な存在であった時代。 中国の奥地、ゴビの荒地と河西回廊の草原を舞台に繰り広げられる、竹姫や羽たち少年少女が頑張るファンタジー物語です。 物語はゆっくりと進んでいきます。(週1、2回の更新) ご自分のペースで読み進められますし、追いつくことも簡単にできます。新聞連載小説のように、少しずつですが定期的に楽しめるものになればいいなと思っています。  是非、輝夜姫や羽たちと一緒に、月の民の世界を旅してみてください。 ※日本最古の物語「竹取物語」をオマージュし、遊牧民族の世界、中国北西部から中央アジアの世界で再構築しました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...