少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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道のり

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 落ち葉を踏む音が規則的に響いている。
 獣道を行く真一は、心身ともにほどよくリラックスしている。虎に対する警戒心、未知の領域を進む緊張感は、足を動かしているうちに汗とともに蒸発してしまった。上空が緑の天井に覆われているおかげで、涼しいとはいかないまでもかなり過ごしやすい。ほんの少し気分転換をしたくなったときに、軽い疲労感を覚えるまで歩きたい、そんな環境だ。

 奥へ進むにつれて草木の密度が増していき、歩きづらくなっていく。竹林といっても、竹以外の植物も当たり前のように生えていて、主にそれらが円滑な前進を妨げている。道が曖昧になるという意味でも、両手で左右にかき分けながら進まなければならないという意味でも、厄介だ。
 引き返そうかという考えも何度か頭を過ぎったが、それでは暇つぶしにならない。それに、困難な道を切り拓く面白さがないわけでもない。

「行けるところまで行ってやろうじゃないか」
 一言でいえばそんな心境で、真一は歩きつづけた。

 どれくらい時間が経っただろう。
 進路に立ち塞がる雑草は、とうとう真一の背丈すらも上回りはじめた。さすがにしりごみしたが、足は止めない。疲労感は覚えているが、「行けるところまで行ってやろう」という負けん気は健在だ。抜けた先には興味深い光景が広がっているのではないか、という根拠のない期待もあった。
 丈高い植物たちは、複雑に分岐した細い枝や、長く伸びた蔓を隣接する植物の本体へと絡みつかせ、ほとんど壁と化している。隙間に指を挿入して力任せに左右に引き裂くと、人間一人の横幅が通過できる空隙が生じる。そこに肩先を差し込み、押し広げるようにしながら体を前に持っていくことで、前進できる。面倒なうえに体力を削られるが、次第にスムーズにこなせるようになっていく。

 突然、壁が途切れて視界が開けた。
 真一が出たのは、直径三メートルほどの輪郭が歪な円形に、草が絨毯のように地面に押しつけられた空間。円の周囲には、彼を越える背丈の植物が生えたままになっている。ミステリーサークルという言葉が浮かんだが、模様などが描かれているわけではない。

 突然獣臭さを感じ、汗がどっと噴き出した。
 植物と植物とのあいだを縫って、真一がいる場所にまで流れてきた弱い風が、その臭いを運んできたのだ。
 全身に緊張を漲らせて耳をそばだてる。音も気配も感じとれない。獣臭さも夢幻のように消えてしまった。
 心臓が早鐘を打ち鳴らしている。発汗は止まらないどころか、秒刻みに量を増していく。
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