少女と虎といつか終わる嘘

阿波野治

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無聊

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 昼食をとったあとは昼寝をして過ごすつもりだったのだが、あいにくと言うべきか幸いにもと言うべきか、眠気がまったくない。昨夜いささか眠りすぎたせいらしい。
 だらだらと過ごす異性が同じ部屋にいても、南那は不快感を示さない。内心は知る由もないが、少なくとも表にすることはない。
 しかし、真一のほうが後ろめたさを感じはじめた。ひきこもりやニートの人間は毎日こんな気持ちで過ごしているのだろうか、と思う。彼も長らく定職に就かない日々を送っているが、活動的だ。生きるために動く必要があったから、仕方なしにそうしてきた。

「散歩してくる。夕食の時間までには帰るから」

 そう告げて今宮家を発った。午前中の咲子との会話で、一人で自由に外を出歩いても構わない、という意味のことは言われていたので、心理的な抵抗はまったくなかった。

 誤算は、ただ歩いているだけでも住人から注目を浴びること。
 自宅に隣接する田畑で農作業に従事する彼らは、ひとたび真一を発見すると、食い入るように彼を見つめた。農具を振るう合間を縫って横目に盗み見るのではなく、わざわざ作業の手を止めて凝視するのだ。
 田舎の人間は気質が保守的で、部外者に対する警戒心が強い。そんな教科書的な説明では説明しきれないなにかが、彼らの態度からは感じられる。

「俺が救世主だから、なのか……?」

 彼らの眼差しに宿るのは、期待一色なのか。「あの若い坊さんはほんとうに私たちの救世主なのか?」という疑念と不信も混じっているのか。真相を知りたいような、知りたくないような……。
 どちらにせよ、実際は救世主でもなんでもない真一からすれば、不要で不快なプレッシャーでしかない。

 彼としては、いささか特殊な客人くらいの態度で接してもいたかった。みだりに特別扱いはせずに、気軽に話しかけてほしい。今年の作物の出来不出来とか、男女間の生々しくもくだらない実話とか、他愛もない話題で構わないから。

 そんな願いを知ってか知らずか、彼らは誰一人として真一には声をかけてこない。己が所有する田畑や我が家の前を通過するひげ面の自称高僧を、黙然として見送るのみだ。

 視線を忌避する気持ちは、真一を無自覚のうちに人気のないほう、人気のないほうへと向かわせた。
 やがて足を止めて顔を上げると、眼前には竹林が広がっていた。小毬に来るときに出口として場所ではないが、雰囲気はよく似ている。
 真一は迷う。人食い虎への恐怖を抱えながら竹林の中を探索するか。住人からの不愉快な視線を浴びながら居住区を歩き回るか。

 決め手となったのは、ケンさんと呼ばれている男の存在を思い出したこと。
 彼は南那の仕事を手伝うために竹を伐っているそうだが、虎に襲われたことがあるという話は聞いたことがない。虎は夜行性だから、昼間だけ活動すれば鉢合わしないのかもしれない。

「まあ、大丈夫だろう」
 ひとりごち、竹林の中へと入っていく。
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