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説得の言葉
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夜間に突拍子もない光景を見た人間の定石として、夢を見ているのではないか、と真一は疑った。しかし、自分の頬はつねらない。彼は布団に入ってからうつらうつらすらしていないのだから、夢のはずがないではないか。
事態を呑み込んで混乱は冷め、目の前には裸の少女がいる。それなのに、なぜだろう、ポジティブな感情はまったく湧かない。
体形に成熟した女性らしさがないからなのもあるが、造作が整っているとはいえ、浮かんでいるのは無表情。そんな顔で迫られても、うれしくもなんともない。徳島に来てからは自慰を一度行ったのみだから、性欲はたまっているはずだが、股間は熱を帯びることすらない。怒りが湧いたわけではないが、この子は俺を馬鹿にしているのだろうか、という思いは抱いた。
南那の目に一瞬、当惑したような色が過ぎった。彼はそれを反撃に転じる契機とした。
「南那ちゃん、君はどうして俺としたいと思ったの? 理由を教えてほしいかな」
「えっと、それは……。そうすることで、あなたと仲よくなれると思うから」
「仲よくなるため? 必要なくない? だって俺たち、すでに仲がいいでしょ。初対面なのに同じ屋根の下で食事をして、話をして、いっしょの部屋で寝る。これを仲がいいと呼ばずしてなんと呼ぶの? わざわざセックスをする理由、ないと思うんだけど」
南那はなにも答えない。唇がもどかしそうに少し動いたが、それだけだ。
「もしかして、セックスをすることでより仲を深めたいのかな? だとすれば、無理にそうする必要はないって答えておくよ。だって俺の本分は、憎き人食い虎を退治すること。仲よくなればなるほど退治できる確率が上がるならまだしも、そうじゃないんだから、わざわざそんなことをする必要はどこにもない。そうでしょ?
俺が異性として魅力的だからどうしてもセックスがしたいって言うのなら、考えてみないでもないよ。だけどそうじゃなくて、仲よくなるためにしたいんでしょ? だったら、無理にしなくてもいいんじゃないかな。
俺、間違ったこと言ってる? なにか反論があるなら、どうぞ」
南那は沈黙している。唇は微動することすらない。さりげない動作で、右腕で胸を、左手で股間を隠した。視線を真一から外し、下唇を軽く噛む。眉根を少し寄せたその表情は、勝負に負けて悔しさを押し殺す子どもそのものだ。
「真夏とはいえ、寝るときは服を着たほうがいいよ。今回のこれは、夢を見たということにしておこうかな。それじゃあ、おやすみなさい」
南那は返事をせずに背を向け、自分の布団に戻る。冴えに冴え、暗さにも慣れた真一の目は、彼女が脱ぎ捨てていたパジャマを身に着け、布団に入るのをしかと確認した。
子どもが相手とはいえ、お得意の言葉の応酬で南那をやり込めたので気分は悪くない。この調子ならば三日どころか、もっと長期間、住人たちを騙しおおせられるのではないか。そんな気にさえなった。
怖いのはやはり、言葉が通じない虎だろう。
実際に遭遇したときのことは、今は考えたくない。少女の裸の映像を脳内から追放し、寝返りを打って目を閉じた。
事態を呑み込んで混乱は冷め、目の前には裸の少女がいる。それなのに、なぜだろう、ポジティブな感情はまったく湧かない。
体形に成熟した女性らしさがないからなのもあるが、造作が整っているとはいえ、浮かんでいるのは無表情。そんな顔で迫られても、うれしくもなんともない。徳島に来てからは自慰を一度行ったのみだから、性欲はたまっているはずだが、股間は熱を帯びることすらない。怒りが湧いたわけではないが、この子は俺を馬鹿にしているのだろうか、という思いは抱いた。
南那の目に一瞬、当惑したような色が過ぎった。彼はそれを反撃に転じる契機とした。
「南那ちゃん、君はどうして俺としたいと思ったの? 理由を教えてほしいかな」
「えっと、それは……。そうすることで、あなたと仲よくなれると思うから」
「仲よくなるため? 必要なくない? だって俺たち、すでに仲がいいでしょ。初対面なのに同じ屋根の下で食事をして、話をして、いっしょの部屋で寝る。これを仲がいいと呼ばずしてなんと呼ぶの? わざわざセックスをする理由、ないと思うんだけど」
南那はなにも答えない。唇がもどかしそうに少し動いたが、それだけだ。
「もしかして、セックスをすることでより仲を深めたいのかな? だとすれば、無理にそうする必要はないって答えておくよ。だって俺の本分は、憎き人食い虎を退治すること。仲よくなればなるほど退治できる確率が上がるならまだしも、そうじゃないんだから、わざわざそんなことをする必要はどこにもない。そうでしょ?
俺が異性として魅力的だからどうしてもセックスがしたいって言うのなら、考えてみないでもないよ。だけどそうじゃなくて、仲よくなるためにしたいんでしょ? だったら、無理にしなくてもいいんじゃないかな。
俺、間違ったこと言ってる? なにか反論があるなら、どうぞ」
南那は沈黙している。唇は微動することすらない。さりげない動作で、右腕で胸を、左手で股間を隠した。視線を真一から外し、下唇を軽く噛む。眉根を少し寄せたその表情は、勝負に負けて悔しさを押し殺す子どもそのものだ。
「真夏とはいえ、寝るときは服を着たほうがいいよ。今回のこれは、夢を見たということにしておこうかな。それじゃあ、おやすみなさい」
南那は返事をせずに背を向け、自分の布団に戻る。冴えに冴え、暗さにも慣れた真一の目は、彼女が脱ぎ捨てていたパジャマを身に着け、布団に入るのをしかと確認した。
子どもが相手とはいえ、お得意の言葉の応酬で南那をやり込めたので気分は悪くない。この調子ならば三日どころか、もっと長期間、住人たちを騙しおおせられるのではないか。そんな気にさえなった。
怖いのはやはり、言葉が通じない虎だろう。
実際に遭遇したときのことは、今は考えたくない。少女の裸の映像を脳内から追放し、寝返りを打って目を閉じた。
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